第一章 大魔法使いの最愛②

    ◇◆◇



 アーニアール王国はマナに溢れた国である。

 魔法を使うための魔力の源であるのが、自然界に溢れるマナと呼ばれるものだ。


 そのマナを魔力に変換して、魔法を扱うことができる者は《魔法使い》と呼ばれた。

 王国は結界に守られていて、その結界を維持するのも魔法使いの役目だ。


 ただ、そんな万能のようにも思える魔法使いにも、大きな欠点があった。

 それは大気中にあるマナを取り込むことにより起きる、魔法使いとは切っても切れない関係を持つ病――「マナ過敏症」と呼ばれるものだ。


 魔法を使えば使うほど、マナは体の中に蓄積されるが、そのマナには人間の体にとって有害となるものが含まれているらしい。

 そのため、魔法を使えば使うほど、その身体は人間の姿を保つことができずに、《獣化》してしまうことになる。


 獣化の進行速度は魔法使いによって違うけれど、魔力の消費量が多いほうがより顕著に表れると言われている。

 その獣化を抑制するために、聖女の持つ神聖力が必要だった。


 アーニアール王国の子供は、男子なら騎士ではなく魔法使いに憧れ、女子はその《最愛》になれる聖女に憧れる。

 聖女にとって、魔法使いの《最愛》になれるのはとても名誉なこと。


 だから、この国の少女は十歳になると神聖力検査を受けることが義務付けられていた。


 十歳の頃、レベッカも神聖力検査を受けて聖女となった。

 当時はいつか魔法使いの最愛になって、幸せに暮らせるのだと信じていたのだけれど、その思いは数カ月でなくなった。


 毎日朝一で礼拝をしていたのに、ある時から少しずつ神聖力が減り始めたのだ。

 理由はいまだに分かっていないけれど、ひとつ確かなことはレベッカの神聖力は雀の涙ほどしかなく、魔法使いの《最愛》に選ばれる確率は少ないということだ。

 なぜなら、魔法使いの魔力と聖女の神聖力は比例していて、魔力量の多い魔法使いには神聖力の多い魔法使いが選ばれると決まっている。それに《最愛》にはお互いにしかわからない相性もあるらしい。


 魔法使いの《最愛》選びには、同じぐらいの神聖力を持った聖女が呼ばれる。そこで運よく《最愛》が見つかる聖女もいれば、見つからない聖女もいる。

 レベッカはまだ、その《最愛》選びには呼ばれたことがなかった。



    ◇◆◇



 神官に呼ばれて本殿にやってきたレベッカが応接室に入ると、そこにはひとりの神官と、昨日顔見知りになった人物が待っていた。

 癖のある亜麻色の髪の、朗らかな笑みを浮かべるまだ若い青年だ。


「ベンジャミンさん!」

「やあ、レベッカちゃん。昨日ぶりだね」


 レベッカを見て微笑む青年はベンジャミンといった。王宮魔法使いの所属の証である黄色いローブを纏っている。

 そして、昨日保護した銀色の犬の飼い主だった。飼い主ですか、と訊ねた時に少し濁った返事をしていたのが気にかかったけれど。


「突然呼び出してごめんね。実は……あ、テオさま――テオ!」


 話の途中に、間に割って入ってくる犬がいた。

 ふわふわな銀色の毛の、小型犬。


「テオ!」


 レベッカが手を広げると、銀色の犬――テオが胸に飛び込んでくる。

 ぐぅーんと鳴き声をあげて腕にする寄ってくると、ふさふさな毛が鼻に触れる。


「くすぐったいよ。……それにしても、テオ。また大きくなった?」


 昨日は腕にすっぽり収まるサイズだったのが、また少し大きくなっている気がする。成長期だろうか。


「ええっと、レベッカちゃん。あの、テオさ――テオのことでお願いがあって呼んだんだ」

「お願いですか?」

「よかったら、これからしばらくの間、テオの面倒を見てくれないかな」

「え?」


 ベンジャミンはこれから数日間家を空けることになったらしい。知り合いは予定があるから預けることができないし、テオはあまり人に懐かない犬だそうだ。

 それなのに初対面のはずのレベッカにはよく懐いていたことで、白羽の矢が立ったということだ。


「無理なお願いだとは思っているよ。でも、ほんの数日でいいから。テオも、レベッカちゃんに会いたかったみたいだし」


 神官の顔を伺うと、静かに頷いた。白髪の混じった頭にいつも静かに笑みを湛えているこの神官は、まだレベッカにも好意的だった。


 神官が頷いたということは、神殿で面倒を見てもいいということだろう。

 レベッカは自分の手の中で丸くなっているテオの様子を見てから、ベンジャミンに向かって元気に答える。


「わかりました。お任せください!」


 ありがとうというと、ベンジャミンは意味深げな視線をテオに向けた。


「て、テオも、いい子にしてるんだぞ~」


 それを聞いたテオがじーとベンジャミンを見て、不服そうに鼻を鳴らした。 


 かくして、テオとの暮らしが幕を開けたのだった。



    ◇◆◇



「テオ、おはよー」


 早朝目を覚ますと、隣で寝ているテオに挨拶をする。

 彼は犬にしては珍しく、朝が苦手みたいだ。しかも寝起きも悪い。

 起こしてすぐはうーんうーん唸りながら布団に顔を埋めているテオを微笑まましげに眺めて待っていると、三十分ほどで起き出したテオがスンスンと鼻を鳴らしながら近づいてくる。


「テオ、ご飯だよ」


 ミルクの入った皿と、ビスケットの載った皿をテオの前に置く。

 ベンジャミンにテオの食事をどうしたらいいか訊いたら、苦虫を噛み潰したような奇妙な顔で、テオにはビスケットやクッキーを食べさせて、と袋に入った物をたくさん渡された。どうやらテオはペットフードが苦手みたいだ。

王宮魔法使いの所属の証である黄色いローブ

(だけどいくらなんでも、それじゃあ栄養が偏るよね)


 ペットフードには犬の成長に必要なものがたくさん入っている。

 それを食べないでお菓子ばかり食べるのは健康に悪いんじゃないだろうか。


(あとで厨房で聞いてみようかな)


 調理次第ではペットフードも美味しく食べてもらえるだろう。

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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。 槙村まき @maki-shimotuki

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