人を導く狼
快適な住処を手に入れた俺は、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活を送っていた。何しろ狼、狩りをしなくていいのは最大の利点だ。もう意識は狼になりつつあるから、生き物を狩って食べることに抵抗は無いが。
意思疎通が可能な、普通の動物とも出会えた。馬や兎。何でも魔物が現れてから生態系が崩れて、普通の動物が食われまくっているのだとか。そして、友達になった馬によると、俺はフェンリルと呼ばれる聖獣らしい。伝説の生き物とされていて、馬友達も会うのは初めてだそうだ。通りで魔物が近付かない訳だ。彼らは、自然と俺の家の周りに集まるようになった。
そしてこの森、「神秘の森」と言うらしいが、ここに迷い込んで来た人間を送り返す役割を担うようになった。この前会ったシリウスみたいな人間のことだ。ただ、「今まで来た人間をどうしていたのか」、と聞いたところ「見殺しにしていた」と答えられて、その後一時間鳥肌が止まらなかった。
今日も今日とて、俺は森のパトロールをしている。ここに来てから三ヶ月は過ぎたかな。もうこの森は俺の庭だった。軽い足取りで、魔物を蹴散らしながら走っていく。
「(あ、人間……)」
またもや人間を発見。なんか最近多い気がする。だけど、今回の人間は何か雰囲気が違う。手に網と縄を持っているし、槍や剣、盾を装備している。全部で五人。ギラギラとした目つきで、何かを探しているように見えた。遭難者では無いみたい。
「探せ!!フェンリルはこの辺りにいる筈だ!!!」
密猟者の方ですか。しかも俺狙い。伝説の生き物はさぞかし高値で売れるんだろう。しかし困った。姿を現す訳にもいかないし、でも森を荒らされるのも困る。
「(どうしたものか……)」
思わずくるくる回って、オロオロしてしまう。勝てるか?勝てるだろうけど、人間相手だと手加減出来るのか?このモチモチの肉球でどつくくらいならセーフ、だよな?
俺が草陰でオロオロしているうちに、密猟者は俺を見つけてしまった。
「居たぞ!!フェンリルだ!!仕留めろ!!!」
「キャンッ!」
投げられた槍が足に刺さった。大した傷じゃないけど、安全ピンでプスっとやられた感じだ。あっという間に、周りを囲まれる。
「何だ……伝説の生き物とか言うから、どんな化け物かと思ったら、可愛いワンチャンじゃねぇか」
ギャハハ!!汚らしい笑い声が響く。そこら中で心配そうに見つめる動物たちの視線を感じた。出てきちゃダメだぞ。捕まってしまう。俺は唸り声を上げながら、密猟者共を牽制した。俺、ピンチ。じり、じりと距離を詰められる。密猟者共の後ろの方から、ガサガサと音がした。援軍?
「お前ら、何やってンだ?……俺も混ぜてくれや」
突如密猟者のリーダーの男の頭を鷲掴みにして、シリウスが現れた。援軍じゃなかった!シリウス!!
「はっ?シリウス!?テメェ死んだんじゃなかったのか!!」
「生憎、悪運が強いもんで。……ところで、お前らが狙ってるそこのフェンリルには恩があンだよ。手ェ引け」
「死に損ないは黙ってろ!!」
言うと、リーダーは俺に向かって剣を振り下ろした。ぎゅっと目を瞑る。しかし、その瞬間はいくら待っても訪れなかった。
「……くっ、クソッ!!!」
シリウスが剣を黒い手袋越しに掴んで止めていた。リーダーが両腕で剣を持っているのに、シリウスは片手で止めている。やっぱ強い!カッコいいぞシリウス!!
バチッとシリウスと目が合った。その視線は俺の傷付いた足に向けられていた。途端に眉が吊り上がり、密猟者共を震え上がらせる。大剣を構えると、
「これ以上コイツに干渉するなら、ここで死ね」
俺ですら喉元がチリチリする殺気を放ち始めた。
「……チッ!ずらかるぞ!!」
捨て台詞の後、密猟者共は一目散に逃げていった。それを確認すると、シリウスは腰の鞘に大剣を仕舞い、俺に向き直った。
「怪我は……大したことねェな。歩けるか?」
「バウ!」
元気よく答えた。荒く頭を撫でられた。
――湖に着くと、シリウスは俺の傷口を洗い、包帯を巻いてくれた。嬉しくて頭を擦り付ける。ワシワシ撫でられる。嬉しい。エンドレス。ブルブルブル、と体を震わせて、水分を飛ばす。あ、シリウスごめん。かかった?
「お前、名前は?」
「クゥン?」
「無いのか?」
「バウ!」
シリウスとは会話が繋がるようになってきた。俺が人間だったら、きっと親友になれた気がする。シリウスはしばらく考える素振りをすると、ぽんっと俺の頭に手を置いた。
「じゃあルーカスってのはどうだ?」
「……バウ!!」
「よし、今からお前はルーカスだ。俺はシリウス、分かるな?」
よしよしと頭を撫でられる。尻尾をぶんぶん振る。……そうだ、シリウスに俺の家を見せてあげよう!
「何だ?」
グイグイと引っ張る。
「どっか案内してくれんのか」
ふんす、ふんす!と鼻息で返事して、俺はシリウスの前を歩き始めた。
「おぉ……ルーカス、お前立派な家に住んでんな」
「バウ!」
家の中もすごいんだぞ!シリウスを椅子に座らせると、すぐに料理が現れた。シリウスは少しびっくりした顔をしていたが、ちょっと笑うと、パクパク食べ始めた。おお、ワイルド食い。肉は骨ごといくタイプか。俺はテーブルに前足を置いて、それを眺めていた。
「ふぅ……ごっそさん」
「バウ!」
「俺はそろそろ帰るが、ああいう奴らに手心は要らないからな」
「クゥン……」
「また来るから」
頭をシリウスの手のひらに押し付けて、撫でてもらう。シリウスは掛けてあった黒いコートを身に付けると、手をヒラヒラ振って帰っていった。
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