悠々自適

 さて、森に戻った俺は、取り敢えず住処を作ることにした。理想は高く、ログハウスとかどうだろう。丸太を切って、後は……


「(いや、無理。)」


 このモチモチの肉球で、ノコギリが握れるか?否、出来たとしてもログハウスなんて造れない。前世の職業は覚えていないが、少なくとも大工さんでは無かったと思う。 


 仕方ない。何処か洞窟でも見つけて、そこを快適に整えよう。そう思った俺はずんずん森の奥へと歩いていく。ふん、ふんと鼻歌を歌いながら。


「(お?)」


 しばらく歩くと、ボロボロになっている家のようなものを見つけた。奇しくもログハウスだ。そこだけ木も草も円形に切り取られている。明らかに人工物。しかし、今はもう人は居ないのだろう。屋根のほとんどを苔が覆い、外壁は窓まで蔓植物に這われて、まるっきり廃墟という佇まいだ。


 キィ……


 扉を開けてみると、灰色の埃が舞った。思わずくしゃみをする。鍵が掛かっていなくてよかった。俺は後ろ足で扉を閉めると、部屋の中を観察する。テーブル、椅子、クローゼット、キッチン……あちらの部屋は寝室のようだ。ベッドが置いてある。


「(家具はそのまま……クローゼットの中の服も)」


 服は全て女性物だった。前住人(仮)は女性だったのだろうか。部屋の中のあらゆるものが埃まみれだったが、使えないほどではなかった。俺がこのまま住み着いても問題無さそうだ。とにかく、掃除開始。


 俺は窓を開け放つと、尻尾を使って埃を取る。蜘蛛の巣が大量だ。蜘蛛には悪いが、尻尾でくるくる巻き取って、蜘蛛本体には避難してもらう。蜘蛛の巣と埃が無いだけで、かなり綺麗に見える不思議。だけど、やっぱり水が無いと床を磨いたりが出来ない。あ、そういえば。 


「(湖があった……!)」


 俺が自分の姿を映した湖、確かこの近くだ。バケツを咥えて、湖に向かう。狼になったせいか、方向感覚が研ぎ澄まされている。迷子になる気がしない。俺は一切迷わず湖に到着した。


 チャポン……


「(見れば見るほど綺麗な水だ)」


 湖の水は澄み切って、キンと冷えていた。水自体は透明だが、光を反射して、虹色にも見えた。俺はバケツに水を汲むと、思い切り湖に飛び込む。楽しい!楽しい!ジャバジャバ遊びながら、ゴクゴク水を飲む。美味しい!


 ――俺が正気に戻ったのは、それから一時間ほどした後だった。少し、大人げなかった。反省。


 家に帰って、床一面に水をぶちまける。窓も磨いて、光を反射するようになった。家が乾くまで、俺は外で日向ぼっこだ。ここは木が伐採されているから、日光が当たる。

 

 魔物が蔓延っているこの森だが、俺が狼であることを恐れてか、ほとんどは近づいて来ない。何となく、探るような気配を感じるが、この森に突然住み始めた狼を警戒しているのだろう。はぁ、居心地がいい。


「(……寝てた)」

 気が付いたら、辺りは真っ暗になっていた。空には星が瞬いている。田舎じゃないと見られない光景だ。魔物らしき鳴き声が、虫の鳴き声代わりに聞こえる。ゆっくりと立ち上がり、家の中に入った。

 

 ボッ

 

 なんと、俺が家に足を踏み入れた途端。家中の蝋燭に火が灯った。魔法?魔法か?俺がいくら尻尾を振っても、その風で消えたりしない。すごく便利な家だ。

 椅子に座ると、テーブルの上にほかほかと湯気を立てる美味しそうな肉料理が現れた。ローストビーフのような肉に、甘酸っぱいソース。ワシっと噛み付くと、口いっぱいに肉汁が広がった。やっぱりこの家自体が魔法の家なんだ!

 

 寝室に行くと、ベッドメイクも済まされていた。俺は狼だから、布団の上から横になるだけだけど、それでもふかふかなのは分かった。なんか嬉しい。これなら明日からも快適に過ごせそうだ。


 俺は布団の上で丸くなって、位置を調節すると、すぐに眠りについた。


「ぷぅ……ぷぅ……」

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