銀の狼と黒の騎士

初瀬:冬爾

銀の狼


 気が付いたら、大きな銀色の狼になっていた。


 俺はどうやら死んだらしい。前世と呼ぶべき俺の記憶は、今や朧げだ。ただこれだけは分かる。俺は人間で、男で、地球という惑星に住んでいた。事故、だろうか。死んだときの記憶が曖昧だ。


 俺はじっと、自分の姿を映す湖を見つめた。

白銀の美しい毛並みに、月のような金色の瞳。まるでハスキーのような顔をしている。我ながら美形狼だ。


 人としての自分に未練が無い訳ではないが、不思議と後悔は無い。俺は狼の自分が気に入ったようだ。湖に向かってポージングしてみる。うん。どの角度から見てもかっこいい。


「(ふふん……)」


 そのまま森の中へ進む。四つ足というのも慣れたら寧ろ歩きやすい。尻尾をぶんぶん振りながら、悠々自適に歩く。


 ふと、ある所まで来ると、ツンと鼻をつく匂いがした。血の匂いだ。俺は気配を消して、音を立てないように、匂いの方へ近付いていく。


「ギギギギギギ」

 草陰から覗き見ると、どうやら魔物と人間が戦っているようだった。何故魔物だと分かるかと言うと、なんか、こう、"闇"って感じのオーラが出てるから。キメラみたいな小型の魔物だ。兎とかリスとかネズミとかの小動物を組み合わせて出来たみたいな。


「(可愛いも盛りすぎるとちょっと胃もたれするな)」


 人間は男、全身真っ黒な服に身を包み、剣を構えている。血の匂いは彼からしている。よく見ると、腹の辺りから出血しているのが見えた。傷の割に出血量が多い。


「ギィッ!」


 男は手に持った大剣を容赦なく振り翳し、見た目だけは可愛い魔物を屠った。魔物、真っ二つ。さてはこの男、相当強いな?デカい剣に黒い服は強い奴が多い気がする。


 だがやはり、出血はしているようで、足元がフラついている。このままだと、男は危険だ。あ、しゃがんだ。


「(どうする。助けるか?)」


 俺がそう考え始めたとき、急に男が目線をこちらに向けた。剣を支えに座り込んでいるのに、凄い迫力だ。俺は男を刺激しないように、そろりそろりと草陰から姿を現す。


「……フェンリル?」

「クゥン……」


 うお、ちょっとハスキーな低音。掠れた感じがカッコいいな。それはそうとして。ただの狼ですよー。攻撃しませんよー。そんな想いを込めて、じっと目を見る。


「ハハッ!餌にありつきに来たのか?」


 そう大きな口で笑う。駄目だ。伝わらない。そこで行動に移してみることにした。


「……あ?なンだ?」


 尻尾をぶんぶん振って、男の服の裾を咥える。


「……上に乗れって?」

「バウ!」


 何でこれは伝わるんだ。分からないが、理解してもらえたなら話は早い。俺は男をグイグイ引っ張った。


「分かった、分かったから」


 男は渋々といった様子で、俺の背中に跨った。毛をしっかり掴んでる辺り、生き物に乗るのは慣れていそうだ。俺は思い切り吠えると、森の外目掛けて一直線に走って行った。


「アオォーーーーウ!!!」


 

 ――十数分後。

「……本気で外まで乗せてくとは」

 俺と男は、森の外に出ていた。すぐ後ろは森だが、真っ直ぐ行ったところに、街が見える。街の道に、ぽつぽつと家が建っているのも分かった。ここまで送れば大丈夫だろう。


 男は始終安定した体幹で、俺の背に乗っていた。あの怪我にも関わらず、体勢を崩さないとは。やはりかなりの強者か。取り敢えず無事に男を送り出した俺は、とても誇らしい気持ちで男を見た。


「バウ!」

「……」


 男は無言で俺の頭を撫でた。めっちゃ真顔だ。ちょっと怖い。


「ありがとな」


 フンス、と鼻息を吹きかけて俺はお礼を受け取った。これくらい、お安いご用だ。すると男は、初めて笑った。さっきも笑っていたが、これとは種類が違う。


「変なフェンリルだな、お前。」

「クゥン?」

「俺の名前はシリウス。

 なンか困ったら、あー……叫べ。」

「(叫べ!?)」

「そしたら多分聞こえる」


 なるほど、人外系の方でしたか。などと考えていると、男からパシッとチョップを食らった。失礼なこと考えてんな、という顔だった。すんません。でも心読まないで?


「じゃあな」


 男は手をヒラヒラを振りながら、道を歩いていく。後ろ姿まで格好いい男だな。多分もう会うことはないだろうが、同性からも見ても魅力的な人間というものに、初めて会った気がする。それだけでも異世界に来たかいがあると言うものだ。


 俺は尻尾を振りながら、森の奥へ帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る