タイムリープとおもかげ
あの後、事故未遂現場はありふれた日常性を失い、警察、救急車が押し寄せる未曾有の危機に瀕した。
連続する日常を嫌っていた街の住民が、何処か嬉しそうな表情で渦中の人物である僕、杏夏、居眠り運転したおっさんを舐め回すように凝視する様は今後一生忘れることはないだろう。
しかし、どこまで行っても現実は何のエンタメ性もなく、杏夏のおかげで傷一つなかった僕は、警察から『もし身体に異常が出たら居眠り運転したおっさんに治療費を請求できる』とだけ伝えられて解放された。
被害届やら慰謝料の選択肢もあるとのことだが、例え妄想の世界だとしても轢かれた時に、何の躊躇いもなく死を選んだ僕が人を弾糾出来る立場ではないだろう。
それにしても、居眠り運転とは言え、見るも無惨な鉄屑になってしまった車は少し可哀想である。
……そんなこんなであの一件から1時間後、僕と杏夏はすぐ近くにある喫茶店に訪れていた。
店内は非常に広々としていて、数十年前の雑誌や本がいまだに本棚にあったりとまるで昭和のようである。
いかにも店主といった風貌をしている白髭が印象的な初老店員に、テーブル席へ案内され、僕と杏夏は向かい合うようにして座った。
杏夏は不敵な笑みを浮かべながら、宝石のような碧眼を燦々と輝かせこちらを見つめてくる。
僕はその深い深い深淵に飲み込まれぬように何とか目を逸らし、ブラックコーヒーを口に含んだ。
コーヒーの芳醇な苦味とカフェインによる心臓の鼓動が僕へ生の実感を与えてくれる。
「…久しぶりだな。小5以来だから8年ぶりか?」
僕は平静を取り繕いながら沈黙を破り去った。
杏夏には聞きたいことが山ほどあるのだ。
「もうそんなに長らく会ってなかったんだね。お姉さん君に会いたかったんだよ…?」
ちなみに杏夏が逃げ出した後、問題になることを恐れた父親が東京へ引っ越すと言い出したので、本当にあれ以来会っていなかった。
それもあってか、かつての天真爛漫な幼女は、燦々と煌めく銀髪ショートカットを靡かせ、スラリとした細身な体型で、恐ろしく顔が整った美少女に変容していた。
切れ長の目に鼻は高く、透き通るように白い肌と豊満で柔らかそうな胸は、まさに彼女の底知れぬ魅力を象徴している。
「…元同級生でしかない僕を助けてくれて本当にありがとう」
「当然だよ……その、、、本当にごめんね!」
杏夏は膝に手をつけ、僕に向かって深々と頭を下げた。
生命力に満ち溢れており、いつも元気溌剌としている彼女からはイメージできないその様に思わず困惑してしまう。
「……ずっと後悔してた。何であの時、大好きな友達を捨てたんだろうって。そんな自分が憎くて憎くて、、、」
「杏夏は何も悪くないよ。どう考えてもあの場から逃げるのが正しいと思うし、僕もそうすると思う」
そもそも真っ当なご両親の元ですくすく育った小5杏の夏に、何か淡い期待を抱いていた僕が筋違いなのだ。
自分は何も与えられない癖に他人には多くを求めて、勝手に失望する。
僕は、欺瞞と甘えに満ち溢れ、加害性のある自分が大嫌いだ。
「……君は優しいね。でも、私には君の呪縛を一緒に背負って生きていくという選択肢もあった。それを選べなかった私の責任だよ…だからさ」
杏夏は僕の手を握り、サファイアのように艶かしい瞳でこちらを見つめてきた。
初めて間近で見る女性のいじらしい表情に思わず、固まってしまう。
「私の今後全てを君に捧げさせてよ。声も身体も心臓の鼓動も心も時間も全部君にあげる…!」
「…気持ちは嬉しいが杏夏は何にも悪くないし、これからに関わるようなことを刹那的な感情に任せて言うべきじゃないと思うよ」
「いっときの感情なんかじゃないよ?…信じられないかもしれないけど、私タイムリープ能力があるの。特異体質の君なら心当たりがあるんじゃないかな」
杏夏の発言で、僕の脳内には、トラックが突っ込んできた時の鈍い衝撃や脳内麻薬の放出による快感、死への迎合心が爆発するように駆け巡るのだった。
創作活動の励みになりますので、作品のフォロー、★よろです...!
特に★を押してくださると本当に助かります....
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます