第六話
くっ! 間に合わねぇっ!
俺は反射的に鞄に直そうとしたのだが、時すでに遅かったらしい。
その人物は入ってくるなり俺の隣に立っては俺の机に拡がっている少し露出が多めのアニメイラスト集(家宝)を、無表情で見つめたまま俺が以前描いたイラストと交互に見比べている。
カール掛かった茶色の長い髪。瞳の色は日本人離れしており、綺麗に光り輝くその黄土色の瞳が彼女の髪色をより際立たせている。まだ少し肌寒いのか、黒のセーラー服の上からはクリーム色のウールのセーターを羽織っており、ギャル特有の少し空いた胸元からは、呼吸に合わせて上下にゆっくりと揺れ動く真っ白で綺麗な何かが見えている……って、俺は何を言っているんだ?
俺の目の前で何も言わずに『佐山可憐』は、静かに瞳をパチクリとさせてはその場から動こうとはしない。
あ。そう言えば、今日も味見しないといけないんだったっけ……。
俺はそのことについて確認をしようと、彼女のほうへ一瞬だけ視線を向け――ようとして、向けるのをやめた。
「……」
彼女の瞳はまるで見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに目を見開いており、俺の書いている作品に視線を向けていた。
間違いない。彼女もきっと目の前の光景に酷く幻滅しているのだろう。
それに彼女は、昨日に俺とお菓子の試食会をしたばかりだ。
今日も約束通り俺にお願いをしようとしたのだろうが、相変わらず彼女は、俺とは目を合わせようとはしない。
「……」
「……」
この間がしんどい。
よりにもよって、カースト上位である彼女に見つかるとは……明日以降は俺に対する "キモイ" だの、"サイテー" だのと言った誹謗中傷的な言葉が笑い話に花を咲かせることになるだろう。
そして。当然だが、俺と彼女の二人だけの試食会も金輪際なくなることだろう。
一日だけだったけど、まあいつもとは違った刺激があってそれはそれで良かったとも思える。
まぁ、感謝しろよ俺に。お前達の平凡な会話が俺の健全な行いによって、明日からは話の種が尽きなくなるんだからな。
さぁ。笑いたきゃ笑えばいい。バカにしたければバカにすればいい。
俺はもう小中学の頃から何百回、何千回笑れているから、今更どう思われようと知ったこっちゃない。
俺はひたすらに鉛筆を走らせては、何も考えないようにした。
やがて。彼女の瞳が静かに俺の方へと向けられ――
「ヤッバ! 代永君、めっちゃ! 上手じゃん!」
「え?」
「フフッ。代永君のこと、まだあまり良く知らないけどさ! 絵を描くのが好きなんだね!」
俺は耳を疑った。
普通こんな光景を異性に目撃されたとしたら、今まででは罵倒されると言うパターンがお決まりであり、俺にとってはそれがお約束だった。
しかし。彼女は罵倒どころか、俺の隣にちょこんと座ると申し訳なさそうにして言った。
「あっ、アタシのことは何も気にしなくていいからさ、続けて続けて?」
「あ、うん……」
意外だった。
見た目はどうみても罵倒してきそうな……というか、罵倒しかしてこなさそうなギャルなのだが……コレはあれか? オタク君だけにはなんか知らんけど優しい系のギャルというやつか?
俺は彼女に言われたことが少しだけ嬉しくなり、無言で模写を続けることにした。
勿論。お手本が露出多めなので、俺の描いている作品も際どい描写ばかりなのだが、彼女は何も言わずに、ただ無言で隣に座っては俺の手元だけをジッと見つめている。
……にしても調子が狂う。
美女が隣に座っているから仕方ないのかもしれないが……いつもだったらもう既に完成して次の作品を模写なりトレースなりしているくらいの時間配分だ。
しかし。そこに描かれている、水着の部分からはみ出てる柔らかそうな肌色のたわわを描こうとすると、何故か手元が狂う。
かれこれもう30回以上は同じところを消しては描いてを繰り返している為、その場所には、いつもではありえない程の消し炭の後が残ってしまった。
本当はボツにして早く先に進みたい。
しかし、彼女からこうもジッと見つめられている状態では、そう思い立った行動は中々出来ないものである。
やがて、彼女が一度席を立つと上に羽織っていたセーターを脱ぎ始めた……。
俺は彼女がセーターを脱ぐ際に発せられたパチパチッと鳴り響く静電気音と、その仕草になんとなくセクシーさを感じたのだが、見たい気持ちを抑えて、「今がチャンス!」とばかりに、水着からはみ出ているたわわを描くことに全集中した。
そうこうしているうちに彼女も着替えを終えたのか、再度俺の隣に座り直しては、先程同様にこちらを無言のまま見つめている。
一体いつまでこの状況が続くのだろうか……そう思った矢先のことだった。
to be continued……。
♢
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