第五話

 翌朝。 


 やばい。マジで眠すぎだろこれ……。


 朝食のトーストとコーヒーを食べ終えた俺は、通学準備を済ませると玄関の扉に手を掛けた。


「行ってきまーす」


「あっ和兄? お菓子作ったから良かったら持って行って!」


 玄関を出ようとした俺を、妹の晴美が呼びかける。


「んあ? お菓子? 晴が?……そうか、今日はひょうでも降るのか?」


「はぁ? なんでそうなるのよっ!」


「いたっ!」


 俺は、晴美が投げつけて来たクッキーを顔面キャッチすることに成功した。


 良かった。鼻から血は出ているがクッキーは割れていない。無事だ。


「とりあえず。鼻血、拭いたら?」


「お、おう」


 晴美が差し出したティッシュを受け取っては、俺は鼻を拭った。


 と。晴美が頬を赤らめては、恥ずかしそうにして呟いた。


「そのクッキーは昨日付き合って貰ったお詫び。その。ありがとね、和兄……」


「お、おう」


 俺は現在進行形で、もじもじしている妹のほうへと視線を向ける。


 な、なんだよ。我が妹ながら結構、可愛い所あるじゃねぇか。


 だがしかし! まだまだ俺の推しキャラとは程遠いけどな!


 まぁ。確かに、"貧乳とツンデレ" という点では同じ類に入るのかもしれないが……。


 と。その視線に気付いたのか、晴美がこちらをチラリと見返してくる。


「和兄……もしかして私に対して何か変なこと考えてない? ちょっと目がキモイんだけど」


「や、やめろ! だ、断じて違うから!」


「本当に〜? 和兄、その割には何か動揺してない〜?」


「き、気のせいだって。ほら? 晴美もそろそろ学校に行く準備をしないとだろ?」


「やばっ! もうこんな時間じゃん!」


「じ、じゃあ! 俺先行くから!」


「あ、うん! 行ってらっしゃい!」


 俺は家を飛び出ると、最寄り駅まで自転車を飛ばした。


 ♢


 電車内にて。


「次は〜〇〇駅〜〇〇駅〜終点です〜」


 俺は足元に置いていたカバンからひょっこりと出ている、クッキーの入った可愛らしいラッピングがされているビニール袋を意味深げに見つめた。

 

 あいつが俺に手作りクッキーとか……マジで今日、雹とか降るんじゃないだろうな?


 この時の俺は、そんな気がして仕方がなかった。


 ♢


 教室にて。


 まだ本日、朝一発目の授業だというにも関わらず、日本史担当の熱血教師小山博紀こやまひろのりはアクセル全開で戦国時代をこと細かに語っている。


「……であるからして! こうなってあぁなって!」


「ふぁ〜あ」


 にしても眠すぎる……。


 俺はあくびを一つしては、教室を眺めた。


 俺の目に止まったのは、クラスの紅一点――佐山可憐だった。


 今でも信じられない。


 陰キャ代表のような見た目のこの俺が、あの陽キャ代表のような見た目の佐山さんと……。


 俺はハッと我に帰ると、無意識に口元が緩んでしまっていたことに気づいた。


 あっ。いかんいかん!


 俺は頭をブンブン振っては、いくない妄想を掻き消した。


 と。気のせいか、佐山さんは窓側に座っている猿渡のほうを見ては、少しだけうっとりしている様子だった。


「あ……」


 何故だかは知らないが。


 俺はこの時、少しだけ自分の胸がチクッとしたような感覚がした。


 ♢


 その日の放課後、誰もいない教室にて。


「ふぅ〜。にしてもやっぱり落ち着くよなぁ〜」


 俺は一人、大きく伸びをした。


 それから俺は、静かに鞄からある物をゆっくりと取り出した。


 それは "スケッチブック" である。


 俺は誰もいない事を確認した上で一連の動作の様に、更に鞄からアニメのイラスト集を取り出しては、それらを机に拡げて腕を組んだまま見下ろす。


 そう――俺の趣味は推しキャラの模写なのである。


 スケッチブック&イラスト集&鉛筆たち――さぁ! 邪魔者は誰一人としていない、俺だけの約束された安寧の時間の始まりである!


 と。俺が安心した束の間の出来事だった。


 ガラガラガラ……と突然、静かに教室の後ろのドアが何者かによって開かれたのだった。


 to be continued……。


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