第8話 月が、動いた

「もう寝ろ。明日もついてくるつもりならな」

「それじゃあ、交代で見張りをしないといけませんね」

 グリューネローゼが一同を見回した。

「必要ない。俺は起きている」

「無理だろ、朝までひとりでずっとなんて」

 同意を求めるように、サクラがヴィオレッタの方を向いた。

「大丈夫じゃないかしら」

 ヴィオレッタのウクレレが止まる。

「どうしてですか」

「この人は」

「おしゃべりはそのぐらいにしろ」

「ねえねえ、おしゃべりといえばさ」サクラは興奮気味にヴィオレッタとグリューネローゼを交互に見た。「黒騎士ってさ、ハードボイルド決めてる割には、けっこうしゃべるよね」

「そうですね、尋ねたことには答えてくれる」

「答えるけど、答になってないわ」

 女たちは静かに笑い始めた。

 夜がけていく。冷気が、しん、と重く降り注ぐ。寝袋、毛布、アルミシート。それぞれの方法で寒さをしのぎながら、眠りについていった。

 影が、動いた。

「どうするつもりですか」

「なにがだ」

「なにが、って、このたちですよ。このままだと確実に巻き込んでしまいますよ」

「勝手に巻き込まれに来たんだ」

「それはそうですが」

「だったら君はどうなんだ」

 影は、忍者刀を二本、背負っている。右腰のホルスターにはヘックラーウントコッホエスエフぺーノイン、左にはワルサーペーデーペーが収まっており、両方の太腿ふとももにはカールアイクホーン製KM2000の黒いつかが顔を出して出番を待っていた。

「グリューネローゼは害がなさそうですね。でも、サクラはあなたの命を狙っているし、ヴィオレッタは正体が知れません」

「それは君も同じだろ」

「私は、いきなり関係を持ったりしませんよ」

「添い寝してもらっただけだ」

「でも、あなたは」

「そう、それでも眠れなかった」

「深い闇ですね」

「闇は男を震えさせ、女を引きつける。君もそうなのか、月影つきかげ

「もう忘れました」

「賢明だ。すべてを覚えていては生きられない。すべてを忘れては、生きる意味がない」

 薄れていく影がささやいた。

 ――私は、あなたの味方だとは限りませんよ

「眠れないのか?」

 サクラがぼんやりと立っていた。

「女の子に訊いちゃだめなやつだよ」

 おぼつかない足取りで岩の陰に回り込んでいくサクラを見送りながら、黒騎士は思った。

 あの子の兄を、親友と呼んでくれた男を救えなかった。なにもできなかった。人はなぜ、俺に期待するのか。なにを俺に望むのか。俺は、ただの男だ。ただの、男だ。

「遅いな」

 黒騎士は立ち上がった。岩場の方へ進んだ。湯気の立っている水たまりの横に、なにか落ちている。眉が寄った。拾い上げた。十三年式村田銃。

「サクラちゃんのよね」

 隣にヴィオレッタが立っていた。

「ずっと握りしめて放さなかったのに」

 グリューネローゼも来た。

 銃のストックのところにカードが貼り付けてある。三日月が描かれていた。じっと見つめながら、黒騎士が呟いた。

「月が、動いた」

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