第7話 家族

 サクラの言うとおりだった。次の町は遠い。日のあるうちになるべくかせぎ、岩場の陰で足を止めた。少しは冷たい風を防げるだろう。

 気ままに転がっていたタンブル・ウィード[枯れ草が丸く絡み合ったもの]つかまえて火を起こした。キャンプのように円になり、グリューネローゼ主導のもと簡単な食事をる。

 薄闇の中に、静かにウクレレの音が響き始めた。

「なかなかの腕前ですね、ヴィオレッタさん」

 サクラと一緒に食器を片付けながら、グリューネローゼが感嘆かんたんの声を漏らした。

「ほんと。プロみたいだね」

 サクラも賞賛する。

 ヴィオレッタは微笑みながら、軽く頭を下げた。

「私は音楽一家に生まれたの。宮廷音楽家じゃなくて旅回りのね。だから故郷はどこか、と訊かれても答えられない。この星のすべての土地が私の生まれた所。そして、死ぬ所」

「なんでひとりで旅してるの?」

 なにげない調子でサクラが尋ねた。

「ひとりになったからよ。家族はみんな死んだ。いえ、殺された。十八歳だった私はさんざん欲望の対象にされた挙げ句、売られた。そのご主人様が変態でね。いろいろ仕込まれたわ。まあ、役に立つときもあるけど」

「へえ、どんなふうに」

「サクラちゃん、そっち方向には、あんまり深入りしない方がいいと思うよ」

 グリューネローゼは、はらはらした様子でヴィオレッタとサクラを交互に見ている。

「グリューネローゼの言うとおりよ。あなたにはまだ早い」サクラ以外の女がふたり、目くばせし合った。「逃げ出して、流れて。あとはよく覚えていないわ」

 ヴィオレッタのウクレレには、心の糸を弾かれるような心地よさがあった。だが同時に、遠く深い記憶を揺さぶる残酷さも感じさせた。誘われたようにグリューネローゼが口を開いた。

「雪深い朝だった、と聞いています」炎の揺らぎを見つめるグリューネローゼの口もとには、優しい微笑みが浮かんでいた。「私、本当の孫じゃないんです。凍えるような風の中、店の前に置き去りにされていたそうです。だから親の顔も知りません。それを、おじいちゃんが育ててくれた」

天真てんしん爛漫らんまんに見えるグリューネローゼさんにも、そんな過去があったのか」

 サクラは神妙な顔をしている。

グリューネローゼ[緑の薔薇]の花言葉は希望。素敵な名前をつけてくれたおじいちゃんへの恩は忘れることができないけれど、いつか旅に出るつもりでした。本当の親にも会ってみたい。会いたいわけじゃないけど」

「それって、矛盾してない?」

 グリューネローゼはサクラの方へ顔を向けた。

「今さら会いたくはないの。ただ、どんな人なのか、会ってみたいだけ」

「よく分からないよ」

「あと、おじいちゃんの本当の娘さんに会いたい」

「親に捨てられた娘と、親を捨てた娘、か」

 演奏の手を止めずに、ヴィオレッタが呟く。

「ところで、学校はいいの? サクラちゃん」

 グリューネローゼが首を傾げた。

「ああ、学校なら、国防軍の新型広域破壊型巡航ミサイルの誤射で焼けちゃった。無期限休校。代替だいたい施設を探してるらしいけど、見つかるとは思えない。あたり一帯、焼野原だから」

「家族が心配してるんじゃないの」

 ヴィオレッタの言葉に、サクラは口もとを歪めた。

「あんなの、家族じゃないよ」

「私の家族は殺された。グリューネローゼの親は生きているかどうかも分からない。せっかく近くにいるのに、なにが不満なの」

「近くにいるからだよ。なんだか苛々するんだ。愛されてない、とは言わない。新しいお父さんの連れ子の修一兄さんも優しくしてくれた。死んじゃったけど」黒騎士に視線を流す。「だけど、だけどね、違うんだよ。よく分からないけど」

 ウクレレの旋律が続く。誰からともなく、黒騎士の方に視線が集まった。

「なんだ」

 青い瞳に炎が揺れている。

「黒騎士さんは、どうして旅をしているんですか」

 グリューネローゼが代表して尋ねた。

「旅をしているつもりはない。ただ、移動してるんだ」

「どこへ向かって?」

 油断のない目でサクラが問う。

「どこでもない」

「まさか、死に場所を求めてる、なんて言わないわよね」

 眉をハの字にしつつ、ヴィオレッタは演奏を続けている。

「いずれ人は死ぬ。そうならない技術がそのうち開発されるかもしれないが、少なくとも現状ではいつか必ず死ぬ。それまでになにをするか。それが人生なら、俺は――」

「俺は、なんだよ」

 サクラが強い視線を投げ、グリューネローゼがうなずいた。ヴィオレッタはまっすぐに口もとを見つめている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る