第3話 サクラ
朝食はスクランブルエッグと
グリューネローゼが食器を下げに来た。
「
たのむ。そう言って黒騎士は椅子の背もたれに体を預け、中折れ帽を深く目の上に引き下ろした。
「あの」
珈琲を運んできたグリューネローゼが遠慮がちに声をかけた。
「なんだ」
「夕べは、ありがとうございました」
「なんの話だ」
「助けていただきました」
「助けたつもりはない。ゆっくり酒が飲みたかっただけだ」
「それでも私たちは助かりました」
頬を染め、グリューネローゼは足早に立ち去ろうとした。
「待ってくれ」
「はい」
「さっきのパン。あれはどこで売ってるんだ」
「ああ、あれは、私が焼いたものです」
「そうなのか。
「ありがとうございます」グリューネローゼは声を明るくして、思い切った様子で尋ねた。「……どうして黒い服を着てるんですか」
黒騎士は目を閉じて、少しだけうつむいた。
「黒騎士だからだ」
「それは逆でしょう? 黒い服を着ているから黒騎士と呼ばれてるんじゃないんですか」
「これは俺の闇なんだ。闇はすべてを飲み込んでくれる。過去も、未来も……悲しみも」
「でもそれって、見えなくなるだけですよね。なくなったわけじゃない」
「そのとおりだ」黒騎士は席を立った。女性としては背の高い方であるグリューネローゼを見下ろす。「ごちそうさま。旨いパンだった」
スウィングドアを押して外に出ると、 乾いた破裂音と共に、黒騎士の足もとに
ツインテールにまとめた桜色の艶やかな髪の下から、しっとりと
「そんな
黒騎士は静かに問うた。
「おじいちゃんのコレクション。
「撃てるのか」
「今のを見てなかったの」
「そうじゃない。その銃は単発だ。次の弾は
少女は
「銃を抜け、黒騎士」
「なぜ」
「決闘だ」
「断る」
「
「おまえを殺す理由がない」
「お嬢ちゃん、よせ、
酒場の老人が店から顔を出して少女に声をかけた。そのうしろから、グリューネローゼも覗いている。
「殺せばいいじゃない。どうせ私にはもう、なにも残っていないんだから」瞳が潤って揺れた。「あなたのせいで、兄さんは」
「俺はなにもしていない」
「そうよ。なにもしなかった。だから、あなたが殺したのと同じことでしょ」
「八つ当たりはやめてくれ」
「いいじゃない、それぐらい。私にできることは、他にないんだから」
「迷惑だ」
「でしょうね。だったら殺しなさいよ、私を。そうでなければ、あなたを殺す」
「無理だな。おまえに人は殺せない」
「分かってる。分かってるわよ、そんなこと」少女は、がくりと地に膝をつき、泣き
「覚える必要のない名だ」
「あなたがどれだけ忘れても、何回でも思い出させてあげる」
黒騎士は、サクラに背を向けて歩き始めた。
「俺は酒場の四階に宿を取っている。覚悟ができたら、いつでも来い」
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