第2話 ヴィオレッタ
「そのぐらいにしておけ」
「なんだ、おっさん。口がきけるのか。ぜんぜん動かないから等身大フィギュアかと思ったぜ」
ブラウの言葉を聞いたロッソとジャッロは、下品な声で笑いながら黒騎士の方に顔を向けた。
「文句あんのか、おっさん」
ロッソが床を踏みつけて
「そうじゃない」黒騎士は目を合わせずに、静かな声で答えた。「騒がしいと酒がまずくなる」
「もともとまずいんじゃないのか」ブラウはM60をなでながら、つまらなそうに言う。「こんなチンケな店が出す酒なんて、まともなわけがない」
ジャッロが、世紀末を舞台にしたアニメの、ザコのような引きつり笑いをした。
「ここよりさらに西方にある、
「よく分かったな」老人が驚いて黒騎士の方を見た。「そのとおりだ。年に数本しか入らないやつだ」
「ふん、知るかよ」
ブラウのM60が火花を吐いた。黒騎士の手元でグラスが弾け、灘の
黒騎士が、ゆっくりと顔を上げた。青い瞳が
「な、なん……ですか」
本能的な恐怖がそうさせるのだろうか。まるで野生の狼に
「お隣、いいかしら」
黒騎士のうしろに女の影が立った。
「席は
「つれない人ね」
ブラウはこっそり銃をしまい、出口へと移動し始めた。
「ねえ、君たち」女が声をかけると、さっきまで
「友達じゃねえよ」
ようやくそれだけを言って、若者たちは店から転がり出た。黒騎士は黙って割れたグラスを見つめている。女が隣に座った。
「ヴィオレッタ。みんな私をそう呼ぶわ」
そう言って女は紫色の麦わら帽子をカウンターに置いた。ショートの髪も紫で、瞳はヴァイオレット・ブルーに輝いている。当然のように唇は紫に潤い、膝上丈のタイトなスカートスーツ、
三十歳は越えていないに違いない。
「あなたは?」
ヴィオレッタが問うている横で、グリューネローゼと呼ばれた店員の女の子が割れたグラスを片付け、新しい酒を黒騎士の前に置いた。
「忘れた」
「自分の名前よ?」
「どこかに置いてきたようだ」
塩をまけ、グリューネローゼ、と店主の老人が命じ、はあい、と彼女は応じた。
「女は嫌いなの?」
「嫌いじゃないさ。おしゃべりでなければ」
「嫌いなのね」
ヴィオレッタは焼酎の水割りを注文した。
「俺になにか用か」
「用がなくても男に話を聞いてもらいたいのが、女なの」
「用がなければ口を開かない。それが男だ」
「つまらないのね」
「無意味なおしゃべりを聞かされる方が、よほどつまらない」
「それじゃあ、意味のあることを言うわ」グリューネローゼが持ってきた焼酎の水割りを一気に飲み干して、ヴィオレッタは黒騎士の肩に手を置いた。唇を耳元に寄せて静かにささやく。「私、今夜はひとりで眠りたくない気分なの」
「だったら起きていればいい。いずれ朝は来る」
「あなたにもね」
黒騎士の眉が
「おまえ、俺が怖くないのか」
ヴィオレッタは、自分で自分を抱きしめる仕草をした。
「ゾクゾクするわ。この感情のことを怖い、と呼ぶのなら、とんでもなく怖い」
黒騎士の表情にはなんの変化もない。
「俺にかまうな。死ぬぞ」
「知ってる。あなたって、けっこうな有名人なのよ、黒騎士さん」
「それなら」
「ねえ」ヴィオレッタは黒騎士の唇に人差し指を押し当てた。「どうして黒騎士って呼ばれてるの」
「辞書を引け」
ヴィオレッタは四つ折りスマートフォンを開き、AIアシスタントに音声で検索を命じた。
「なるほどね。
黒騎士は全身黒ずくめだ。
「好きに解釈すればいい」
「私のことはどう思う?」
「どう思って欲しいんだ」
静かな笑みを口もとに広げ、ヴィオレッタは黒騎士を上目づかいに見つめた。
「謎の女」
「女はみんな謎だ」
「それじゃあ謎を解いてみない? 私を丸裸にして」
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