第2話 村の生活 朝〜昼
村の若者たちの朝は早い。5時には起き始めて身支度を始める。
身支度を終えたアサム達はランニングや基礎鍛錬に移り身体を鍛える。最初はハリガンが父親の影響を受けて始めた鍛錬だったが真似をすると危ないことも多いため元傭兵のハーリー教官がハリガンの鍛錬を監督するようになった。その光景を見ていたアサムとヤナイが後から参加するようになり、いつの間にか男だけでなく女性であるナイシャとフーミャも参加するようになった。ハーリー教官もハリガンのレベルに合わせるのが難しかったのだろう。競争相手として村の5人しかいない子供達を育て始めた。それぞれ鍛錬を進めていくと不思議なことに得意な戦い方がそれぞれ綺麗に違っており、唯一どれも平均的な戦い方ができるのはアサムだけだった。そのため他の人は個別の鍛錬メニューだったがアサムは他の人と混ざりながらやることが多い。
その日、アサムは魔術が得意なナイシャとフーミャに混じって周りに木が少ない更地に移動し魔術の鍛錬に参加していた。その中でナイシャとフーミャが現状練習している中級レベルの火の魔術と攻撃系の補助魔術を見せてもらうことになり、アサムは近くに唯一ある木の下でナイシャとフーミャを観察した。緊張した顔でナイシャが上空に手を向けて詠唱を始める。
『大いなる火の精霊よ。聖なる輝きを纏い、周りを支配する火を生み出し友の助けとなれ。火球(かきゅう)』
それに併せてフーミャもナイシャに手を向けて詠唱する。
『大気にいる我が友よ。精霊の力を導き、より大きな力となり目の前の困難を退けよ、増加(ブースト)』
2人の詠唱が終わると同時に、上空に普通の家であればまるごと一軒覆われるほどの火の塊が現れ、空に向かって飛んでいった。その火の塊は雲に届く寸前で消え、火の特有の臭いだけが残った。その光景を見たアサムは思わず拍手をしながら立ち上がり
「ナイシャとフーミャの魔術、また凄くなってないか!よくハリガンとヤナイの2人と離れた場所から見てたからなんとなく分かるけど、大きさも速さも上だい進化してるな。同じ中級でもだいぶ変わるもんなんだな〜」
と感嘆の声をあげた。そんなアサムの喜びの声に膝に手をついて疲れた様子のナイシャが首を振りながら
「そんなことないよ〜、アサム君。これはいつも補助魔法をかけてくれるフーミャのおかげなんだ!フーミャがいなかったら今の火球も半分以下になっちゃうかな。たはは〜」
と少し残念そうに言った。そんなナイシャを見つめながらフーミャが
「そんな…こと、ない。私の補助、魔法がなく…てもナイシャのま…じゅつは充分な強さ、ある。もっと、私も、がんば…る。」
と胸の前で右手を握りながら言った。そんなフーミャの発言にナイシャは目を潤ませながら
「いつも十分なくらい頑張ってくれてるよ、フーミャ!いつも私の魔術を助けてくれてありがとうね。」
と言った後、抱きついた。そんなナイシャを嬉しそうに受け止めフーミャは『お互いさま…だね』と言いつつ撫で始めた。アサムはそんな女子同士の仲良さを見ながら改めて発言する。
「いや、本当に2人とも凄いって!2人の息があっているからあの中級以上の魔術になっているんですからもっと喜んでいいんじゃない?それに比べてというかなんというか俺の方は中途半端すぎて初級魔術しか使えないからなー。」
と苦笑いしながらアサムは伝えた。そんなアサムの方にフーミャが顔を向けて首を横に振る。
「アサムは中途、半端じゃ…ない。どんなこと、でも出来る…。私から…したら、羨ましい。」
と少しむっとした顔になりながらでアサムへ抗議する。それに併せてナイシャも話をし始める。
「私もそう思いますよ、アサム君!それにこの鍛錬だって結局は村を襲う害獣や放浪者から守るためにやってるんだからここで比較する必要はないんですよ。それに今のところ私たちが戦う前にお父さんたちが終わらせちゃいますしね、あはは〜」
と励ましの声をアサムに向ける。アサムはそんな2人のかけてくれた言葉に自分自身の情けなさを感じつつもそんな優しさに溢れた言葉に素直に『ありがとう、2人とも」と伝えた。そして、気を取り直したと言わんばかりに
「そしたら2人ともこのまま俺の魔術の練習にも付き合ってくれないか?今日こそ初級魔術でフーミャの防御魔術に弾かれないようにしたいんだよね!」
と長袖のシャツ捲りしながら言った。そんなアサムの発言にフーミャは一言「負けない」と呟き。そんな2人を見てたナイシャは「2人とも頑張れ〜」と応援しながら鍛錬が進むのだった。
鍛錬の後、アサムたちは近くの湖で入浴する。入浴は夜もするのだが、特に朝の入浴時には湖の精霊に対しての儀式も必要なため時間がかかる。生まれた頃からやっている儀式ではあるので本人たちには違和感はないのだが、大人たちの一部には別の村の風習ということもありこの儀式に慣れていない人もいた。アサムたちにとっては湖を使っているお礼でもあるため大事にしていきたいと思い続けている慣習だ。ハリガンとヤナイと汗を流しながら疲れた体を癒した。
入浴の後、朝食を食べた。その後はそれぞれの家庭の手伝いになる。村に5人しかいない若い労働力はその家庭だけなく村の中でもとても貴重なものだ。特に男手は多くて困ることはないため、アサムとハリガン、ヤナイは畑仕事や村の建造物を建てたり、壊れかけた箇所の補強を行うなど手が空く時がない。ただ、本人たちはその状況に村へ貢献できていることへのやりがいを感じていた。
そして今日はアサムたち男3人は村で主食である小麦の畑を耕して過ごしていた。そんな畑仕事の合間にお昼を食べていると畑と畑の間の道を通る10数人程度の女性たちが見えた。畑まで来る人の数としては珍しい人数だったのでアサムは隣で飯を食べていたハリガンに話しかけた。
「今日は珍しいくらいに人が多いな、ハリガン」
「あれだろ、そろそろラッサムさんのためにちゃんと村長の襲名式やるとか言ってたからその準備じゃないか?ラッサムさんがあまりにも村長をやりたがらないから俺の父さんが往生際が悪いって悪態ついてたぜ」
「そういえば、僕のとこの父様もそんなこと言ってました。歴史の浅い村だからこそ、儀式は作っておいた方が絶対に後々困らなくなるからしっかり準備したいって。ただ、やり方は父様が昔住んでいた集落のものを参考にするって言ってましたね。僕もそれを手伝ってくれって頼まれました。」
「あー、そう言うことか。親父殿がこの数日、事あるごとに臭いトイレに篭ってた理由がやっと分かったよ。しかし、本当に親父殿が村長になるんだな。ただでさえ、家でも母上に尻に敷かれてそんなこと想像出来なかったんだけどな。」
それぞれの話を聞いたアサムはやっと実感が湧いたように口に出した。そのアサムの言葉にハリガンは少しムッとしながら
「アサム、そんなこと言ってるけどラッサムさんはいい村長になってくれるぞ。それは俺が保障する」
と言い切った。そんなハリガンの発言にやれやれという顔をしながらアサムは
「なんで息子の俺よりもハリガンの方が親父殿を信頼してるんだよ…。」
とため息をついた。そんなアサムに「当たり前だ!」と言いながら立ち上がり
「アサムはあまりにもラッサムさんに対しての敬意が足りていない!なぜあんな素晴らしい方の下で育って低い評価でいられるのか不思議だ!そうだ、改めてアサムにもラッサムさんの素晴らしさを伝えておこうか。息子だからこそ距離が近すぎて分からないかもしれないな。安心しろ、ヤナイ!ヤナイにもちゃんと分かりやすいように伝えてやるからな。それではどこから話していこうか…。そうだ、あの話から…!」
と完全に興奮し周りが見えなくなったハリガンは話し始めた。そんなハリガンの様子にアサムはやってしまったという顔をしつつヤナイを見た。ヤナイもおどおどした顔でアサムの方を見ておりアイコンタクトを送ってくる。
『アサムさん、どうしましょう?ハリガンさんがこうなったら止めるの大変ですよ…。畑仕事も終わってないし、ハリガンさんの話聞いてたら時間無くなっちゃいます。』
『ヤナイ、本当にすまない。ハリガンが親父殿を尊敬しすぎるくらいにやばい信者なのを忘れていた。』
どうしよ、どうしよ。とアサムとヤナイであわあわしていると遠くの方から手を振りながら近寄ってくる2人組が見えた。ナイシャとフーミャだ。ナイシャが手を振りながら近寄りつつ、こちらに向けて声をかけて来た。
「いたいた〜。アサム君〜、ハリガン君〜、ヤナイ君〜、お疲れさま〜!今日はこのあたりで畑仕事してるって聞いてたから探してたんだけど簡単に見つかってよかった〜。ってあれ、ハリガン君はそんな興奮してどうしたの?」
とアサムとヤナイの目の前まで来てようやくハリガンの様子に気付き質問する。それにヤナイが静かに答える。
「ナイシャさん、いつものラッサムさん講習です。今日はラッサムさんが村長になることも関わって余計に興奮しているようで…。」
「あー、そういうことかー。そしたら、当分は止まらないね。どうしようかな…?ね、フーミャ」
と困ったように隣のフーミャへ問いかけた。フーミャは呆れた顔でハリガンを見ながら言う。
「そうなったら、もう、無駄。今いる…アサムとヤナイにだけ、伝えよう。」
そんなフーミャの答えに『そうだね、しょうがないよね。』とナイシャは同意した。そんな話をしている2人のことにも気づかずハリガンは目を瞑りながら思い出すようにラッサムの凄さを熱弁している。アサムはいい加減気づけよと思いながらもハリガンには声をかけず、代わりに話を進めるためナイシャに質問した。
「とりあえず2人が言う通りハリガンは一旦置いておきましょう。それで2人はなんで俺たちを探してたんだ?急ぎの用事か何かですか?」
それに対してナイシャが「急ぎというわけではないんだけど3人に手伝って欲しいことがあってね」と畑に来た理由を話し始めた。
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