02-04
格子戸にすりガラスが嵌め込まれた様なデザインの戸を引いて、民宿の建屋の中に入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。
冷房にしては妙にじっとりとした感覚を覚える。電灯のついていない薄暗さがそう感じさせるのだろうか。
後ろ手に引き戸を立てて、周りをキョロキョロと見回してみるが、まったく人影が見えない。
今は昼下がり、夕方とまでは行かない中途半端な時間だ。夕飯の仕込みとか、掃除とか、出迎えにやるような人員がいないのかもしれない。
「ごめんください」
ユウカの声が反響する。
直後、正面に見える階段の脇、奥に向かって伸びる廊下の方から小さく、はーいという返事が聞こえた。女性の声だ。
その声の主は、ぱたぱたとスリッパの音を立てながら小走りで現れた。
白髪交じりの頭髪、比較的長身のその女性は割烹着に身を包んでいる。面長の顔に垂れ目気味の、けれど大きな目。右目の目尻にあるホクロが印象的だ。ほうれい線の深さに歳を感じるが、若い頃は美人であろうことは想像に難くない顔立ちだ。
「お出迎えもできずすみません」
「お気遣いなく。カツラギです」
「………ああ、貴女が! どうもお忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。ご連絡差し上げたイナバ トウコです。どうぞこちらへ」
イナバ トウコと名乗ったその女性は少し驚いたような表情を見せた後、忙しなく頭を下げて礼を述べている。
「他にお荷物は」
「ないです。ああ、これも自分たちで持ちますから」
イナバさんが我々の荷物を代わりに持とうとしたところで、ユウカがそれを制した。
固辞するようなことでもあるまいに。特に呪い道具とやらが沢山詰まった左肩のボストンバッグなど、一刻も早くおろしてしまいたいというのに。
無意識に恨めしい顔をしていたのだろう。ユウカが耳元に近づき諭してくる。
「あと少しだからがんばれ。変に縁を持たせたくないんだ」
「縁?」
「うん。依頼の範囲内の貸し借りは金で割り切っているが、それを超えると縁になる。なるべく余計な接触は避けたい」
…………理解が難しいが、要するに、依頼内容を超える施しは受けたくないということか?
「依頼者とはいえ、どんな化け物を飼っているかわからないからな」
「なるほど。……しかし、その割に得体のしれない身体の僕にはこれを持たせるんですね」
「ん? おお。そりゃあ、お前そのものが担保だからな。縁でも結んで逃げられないようにしないと」
セリナといいユウカといい、実に良い性格をしているようだ。
にやりと笑うその顔に少しげんなりとした感情を覚えたところで、いつまでも玄関で動かない僕たちを訝しんだイナバさんが声をあげた。その表情は不安げだ。
「あの、何か気になることでも……?」
「……いえ、何でも。お待たせしてすみません。お部屋まで案内いただけますか」
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