02-03
「随分遠くまで来ましたね」
「ああ。空気がうまいな」
バスがのろのろと、重そうな身体を転がして走っていった。
降りた人間は僕たち二人だけで……いや、乗っていたのも僕たちだけだった。
全く人通りのない田園風景。
緑の波が揺れている。
町のかなり外れの辺りのようだ。
事務所を出た後、目的地はどこかと問うと、ユウカは短くA県B市の民宿とだけ答えた。
隣の県だ。都心からは離れる方角になる。
車であれば高速道路で1時間程度でたどり着けるが、ユウカは電車で行くつもりのようだった。
電車だと途端にアクセス性が悪くなる。
在来線をいくつか乗り継ぐ必要があるからだ。
接続の都合も考えると半日とまでは行かないが、それなりに移動時間が必要だ。
日帰りとしたらかなりの弾丸ツアーになる。
長い一日になりそうだと思った矢先、まず連れていかれたのは、事務所の最寄り駅の駅ビルだった。
お金を渡され、着替えを買いな、とのことだった。どうやら泊まりのようだ。
比較的安めのものを見繕って、ありがたく買わせてもらった。
レジを出たタイミングで、ちょうど電車の出るタイミングだったようで、急いで切符を買って電車に飛び乗った。
そしてガタゴトと揺られながら、数時間。
電車を降りた後、非常にダイヤの少ないバスに乗り――今にいたる。
「えーと……あ、ここか。まさにこのバス停が最寄りなんだな」
ユウカが地図をくるくると回転させながら現在の位置を確かめている。
どうやら、今しがたバスが走っていった方向の、このバス停から数十メートル先に見える丁字路の辺りが目的地のようだ。
丁字路からその民宿の土地なのだろう、丁字路の入り口から生垣が設けられている。生け垣は結構背が高く、民宿の全貌は見えない。
ここに辿り着くまでの移動時間に、ユウカは旅行サイトをプリントアウトしたものを見せてくれた。
目的の民宿のページだ。
トップ画に、和モダンの建物の前でにこやかに笑う夫婦の写真が掲載されている。
その明るい笑顔と裏腹に、レビューの内容は散々だった。5点満点中、平均点は1.6。レビューのコメントも辛辣だ。「霊が出る」とかならまだ可愛い方で、酷いと「これほど不気味な宿はない」とまで書かれていた。
ユウカからはっきりとは聞いていないか、間違いなく今回の依頼主はこの夫婦だろう。このレビューのために客足が遠のいてしまって、根本原因の霊に対処したい、というところだろうか。
まっすぐの田舎道。その先に霞む山。
陽炎のその先まで誰も歩く姿の見えない歩道を歩き、気持ちの良い風に吹かれながらのんびりと数分歩くと、その丁字路の前に着いた。
生垣に隠れていた丁字路の先を見やると、新築らしき和モダンな建物が見えた。間違いなくあれが目的の民宿だ。
「あれですか」
「そうだな」
丁寧に手入れされた生垣に目が奪われる。
この生垣はいわば民宿の顔だから、ブランディングの観点から、手入れには相当気を遣っているのだろう。
一枚の葉もはみ出していない、まっすぐ平面に整えられた生垣の側面を上から下に眺めていくと、生垣の足元に大きな石が見えた。向かって左側だ。
ところどころ苔むしている。とても長い時間放置されていたようだ。
一目見ただけで推察できるほどに、生垣は整然ときめ細やかに手入れされているのにもかかわらず、まるで誰の目にも見えていないかのように、その寂れた石がそこに鎮座している様は、とても歪に見えた。
なんだか無性にその石が可哀そうなものに見えて、手に触れたくなった。
手を伸ばし、しゃがみ込んだところで、後ろからこつんと頭を小突かれた。ユウカだ。
「コウタ。触るな」
「はい」
すぐさま手を引っ込める。
自分でもなぜそう思えたか、よくわからなくなっていた。
「何か感じたか」
「……可哀そうだと思いました」
「……なかなかいい感性をしているじゃあないか。セリナが気に入る理由がわかったよ。……ただ何でもかんでも触れてしまうのは良くない」
ユウカは生垣の先、影の差す民宿を見やった。
眉間にしわを寄せて、ため息交じりに呟く。
「……まったく。一体何をしでかしたんだか」
ざあと周囲の稲穂を揺らした風は、先ほど浴びたものよりも生ぬるかった。
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