02-02


「まじない?」


 久しく聞いていない単語だった。

 小学生の時だったか、トイレの花子さんだとかこっくりさんだとか、そういうお化けの類が流行った時期があった。

 その時に、片思いの人と結ばれるおまじないとか、そんな遊びを女子達がキャーキャー騒いで試していた記憶がある。

 それはあくまで子供騙しのごっこ遊びだったのだろうが……それと同列の、いや、延長線にある類のものだろうか。


「消しゴムに好きな人の名前を書いて、みたいなやつですか」


「ガキの遊びと一緒にするな。……と言いたいところだが、本質からして同じではないとは言い切れないか。供物に相当するものが伴わないから効果を発揮しないだけだしな」


「はぁ……」


「お前が想像している様なオマジナイで合ってるよ。正確には祈祷と呼ばれる行為だ。特定のお作法でイノリ、超常現象の実現を願うこと」


「そんなもの……」


 ありえない、と言いかけて口を噤んだ。

 ならば僕の状態はなにかと問われたときに何も言い返せないからだ。

 僕の身体は――少なくとも僕が学んできた理科とか化学とか生物の知識からは――全く説明のできない、不死という状態になっている。これを超常現象と呼ばずして、何と呼ぶのか。そして、自身の身体が超常的な状態になっているにも関わらず、他所の超常現象を否定できる道理などあるだろうか。


「……もしかしたらコウタの身体も何かの祈祷によって起きた現象かもしれない」


 僕は霊的事象に詳しくない。あえて避けてきたようなきらいもある。

 だから、ユウカの言う推論に対して、自分の見解を述べることができない。

 それはもっともらしいとか、考えにくいとか、考察するだけの素養がないからだ。

 けれど、一つだけ思ったことがある。


 この不死が真に祈祷によるのなら、それはつまり、誰かが祈ったということだ。

 ――そんな酔狂なこと、一体誰がするというのだ。

 

「ユウカは、つまり祈祷師なんですか」


「……家系が代々祈祷師やってんだ。セリナのとこが宗家でうちが分家。……まぁ、私はセリナほどチカラがないからこんな仕事してるんだけど。私は教養というか、基礎技術として一般的な祈祷を少し学んだくらいさ」


 祈祷に一般的なんて形容詞は適切だろうか。逸般的の間違いだろう。

 ……いや、ユウカの仕事は霊的事象に関連するようだから、その道の人達の世界では一般的なのかもしれない。

 というか、セリナもユウカも祈祷師の一家なのか。だとすると昨日の会話の内容もなんとなしに理解できる。


「そうですか。じゃあもし僕の身体の不死が祈祷によるものだとして」


「…………因果がわからないと何とも。ショボいノロイなら返したりできるかもしれないが」


 因果。よくわからない単語だ。

 もう少し踏み込んでいろいろ聞き出したいところだが、ユウカの様子を見て止めた。

 別に怒っているとか、迷惑そうな顔をしていたわけではない。時計を気にしていたからだ。そろそろ行かなければならない時間のようだ。

 

「……また後で教えてください」


 そう言って、ボストンバッグのストラップを手繰り寄せた。

 ユウカは少し苦笑いをして、事務所の正面口に向かった。扉がぎいと軋んでいる。


 ボストンバックのストラップを左肩にかけて、後に続いた。

 肩への食い込みは思ったほど痛くなかった。


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