01-06

 しんと静まる部屋。

 時が止まったような錯覚を覚えた。

 それはただの錯覚であることを理解している。セリナの言葉を飲み込めていないが故に生じた間だと。

 いくら噛み砕こうとしてもできない。突飛すぎて頭の処理が追いついていない。口を出たのはオウムのような繰り返しの言葉だった。


「僕が……不死?」


「そう。キミは不死の身体になっているんだ」


「何を馬鹿な」


「事実だよ。この目で見たのさ」


「何を」


「あのビルから落ちて、地面に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃになったキミの身体」


 あのとき、意識を失う寸前、身体に感じた衝撃を思い出す。

 かつて感じたことのない衝撃。あの直後、僕の思考は溶け去った。


 衝撃を受ける瞬間まで僕は間違いなく生きていたんだ。

 ならばあの衝撃は夢でもなんでもない。現実で真実だ。

 感じた痛み――もう二度と経験したくないあの激しい痛みがその証左だ。

 ともすれば、あの衝撃によって僕の身体が大きな損傷を負ったのは間違いない。

 僕の頭を割り、脳を潰し、脳漿を滲ませた結果、僕の意識は溶けたのだ。

 

「ならばなぜ僕は」


「くだらないと思うかもしれないけれどね。じわじわと戻っていったのさ。散らばった肉が。血が。骨のもとに。九相図の逆回しのように」

 

「そんな馬鹿な」


 セリナはくだらない法螺を吹くような人ではない。

 冗談の類を全く言わないというわけでもないが、真剣な話をしている最中で、茶化すような真似をすることは決してない。

 ましてや僕の――死の真実を問うている中で、慰めにもならない法螺を吹いて一体何になる。

  

「事実だよ。そしてその後は」


「僕は何事もなく目を覚ました」


 にわかには信じがたかった。

 けれど、セリナは唯一の当事者で、目撃者でもある。その証言は無視できない。

 それに、あのビルを飛び降り、その後とてつもない衝撃を受けたあと、生身の人間として何一つ傷もなく現世に存在できている理屈は他に浮かばない。

 とはいえ、そんな超常現象、すぐに信じる方が難しい。――決してそれと遠くない環境で育ってきたけれど。ある種逃げるように、そこから目を背けてきたから。


「とても信じられないが……」 

 

「ボクはキミが生きていてくれて嬉しいんだ。――それじゃあ、だめかい?」


 にんまりと、細めた目でセリナはこちらを見ている。


「ボクの馬鹿な行動に巻き込んで大事な友まで亡くすところだった。ごめんね、もうしないよ」


 伏し目がちに彼女は言う。

 別に謝ることじゃあない。

 彼女は彼女なりに考えて飛んだはずなのだ。

 それに対して、考えなしに勝手についていっただけだ。彼女が気に病むことではないのだ。

 ……それに、逆の立場になっていたって不思議じゃない。


 僕だって……考えないことはなかった。

 この身体を流れる忌まわしき血。

 それに苛まれ続けた人生。

 生きる意味など見いだせていない。

 ただ、死んでいないだけ。

 唯一、セリナだけは無くしたくなかった、ただそれだけだ。

 

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