01-04
「ムナカタ コウタさん。歳は16歳。お住まいは……」
深夜の交番。寿命が近いのか、天井に貼りついている蛍光灯の輝度は小さい。
薄暗さを覚える建屋の中で、警官はどうやら記録を取っているようだ。
コツコツと、強めの筆圧を示唆するように硬いペンの音が空間を支配している。
「……はい。これで良し。ありがとうね。さて、どうしようか。家はあるようだけど……こういう場合はどうするんだったかなぁ。児相か? うーん」
形ばかりの礼をこちらに述べた後、警官はぶつくさと独り言を始めてしまった。
ジソウ。児童相談所のことか?
「いや、大丈夫です。食うのには困らないくらい遺産はあるし、一人でも生活はできるので」
「それはそうなんだろうけれどもねぇ……」
警官は少し困ったような顔を覗かせる。
そうだろうな。
いくら本人が大丈夫だと言ったところで、未成年をここで放したら後で責任を問われかねないのは想像に難くない。
こういうときに、形だけでも身寄りとなってくれるような大人がいないのは面倒だ。
……学校の先生くらいしか思い浮かばないな。それでもいいのか? しかし真夜中だしな。さすがに今電話するのは迷惑だろう。
「……今晩だけ、ここに泊まらせてくれませんか。朝になったら、担任の先生に電話してみます」
「……わかった。そうしようか。なにか飲むかい? おじさんがおごるよ。内緒だぞ」
警官は少しだけほっとした顔をした。
いたずらに微笑む様は、少年のようだった。
……補導されたのが人のいい警官でラッキーだったな。
そういえば……。
「今日、僕以外に補導された人はいなかったですか?」
「ん? あー、今日は君以外にはいないかな。……どうして、そんなことを聞くんだい?」
「いえ、ふと気になっただけです。……微糖のコーヒーでお願いします」
「そうか。……コーヒーなんて大人だな。ちょっと待っててな、微糖のコーヒーなら自販機行かなくても俺の買い置きが冷蔵庫に……」
お巡りさんはそう言って奥の部屋に歩いて行った。
危ない危ない、藪蛇だった。
余計なことを言って根ほり葉ほり聞かれたら面倒だ。
――しかし、セリナは一体どこに……。
先ほどよりは幾分か落ち着きを取り戻した頭で考えてみるが――僕がなぜあの公園のベンチにいたかすらわかっていないが、それは一旦脇に置いて――セリナがいなくなった理由がわからない。
僕が死んでいないのだから、僕が緩衝材となっていたセリナも死んでいるはずがない。
ならば僕が目覚めたとき、セリナもいっしょにいて然るべきではないのか。
ならばなぜセリナは居なかったのか。
僕と一緒にあのベンチで寝ていたが、先に目覚めて帰った?
可能性としてはなくもないが、セリナがそうするとは思えない。
僕が目を覚ますまでじっと待っている方がより彼女らしい所作だと思う。
ならばどうして……。
ぼんやりと考え事をしていると、部屋の奥から足音がした。
お巡りさんが両手に缶コーヒーを持っている。
「……はい。微糖のコーヒー。あれ、そちらの方は……?」
「ありがとうござ……そちらの方?」
反射的に礼を言いかけたところで、その後の妙な言葉を理解した。
お巡りさんの視線は交番の入り口に向いている。
それを追うと、ガラスの戸の外に、見知った顔がひとつとと知らない顔がひとつ。
セリナと、セリナに似た顔立ちの、けれど少し大人びた長髪の女性だった。
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