第9話① 殺された心

 昼時、司はいつもの食事処で定食を食べながら、天井のテレビを眺めていた。


 『またもや被害者が増えました。

  白昼堂々と実行される犯行は、続いています。』


 テレビの中から、女性アナウンサーが真剣な眼差しでこちらに訴えかけてくる。


 その様子を水を飲みながら眺めていると、


 「最近の世の中は物騒ですなぁ」


と坂崎が視界に侵入してきた。


 坂崎は、いかにも自然に、司の対面に座った。


 いつも思うことだが、こいつの気配は分かりづらい。


 まさに神出鬼没である。


 司は、喉元でつっかえた水を平然を装って飲み込むと、坂崎に視線を向ける。


 「まったくですね。

  この事件、刑事さんも捜査中ですか?」


 「まあ、そうですね。

  詳しくは言えませんが。」


 現在、司の住む街とその周辺では、女性が被害に遭う性犯罪が多発していた。


 その件数は1ヶ月で5件。

  

 宅配業者を装って訪問し、開きざまに押し入ると被害者の顔を袋で覆い、視界を遮った上で行為に及ぶ。


 おまけに、犯人も顔を帽子とマスクで深く隠している為、犯人の特徴については不明な点が多い。


 坂崎が切り出す。


 「上神さんはこの事件、どう見ますか?」


 不意を突かれつつも、司はあくまでも冷静である。


 「私は警察官でもなんでもないので分かりませんが、発生日が土日のどちらかですから、平日は働いているのではないかと。」


 「いい推理ですよ上神さん。

  捜査したら、こいつは駅前に住んでいるのではないか、と言うことは分かったんですが、そこからがどうもね。

  あと、被害者の下着を盗んで行くらしいんですよ。」


 にこやかな上から目線にイラつきながらも、司は食事を急ぐ。


 「本当に、こんな奴はみんな死んでしまえばいいのに、なんて、警官が言ってはいけませんな。」


 坂崎は笑い飛ばすと席を立った。


 司が内心一息つくと、坂崎は首だけを司の方に向けて、


 「何か情報があれば警察までお願いします。」


と言って去って行った。


 【なんだあいつ、飯屋に来たなら飯食えや】


 司が、去って行く坂崎の背中を睨みつけていると、携帯が着信音を放つ。


 知らない番号。


 仕事の依頼か。


 「上神だ。」


 司が電話に出ると、少し間を置いて、女の声がした。


 「…殺してほしい奴がいるんです。」


 弱々しさの中にある、鉄筋の様な、確かな硬さ。


 細いが、それは憎しみや悲しさ、悔しさ、怒りを捻り合わせて一本の糸にした様な、そんな声だった。


 「私は…あの事件の被害者です。」


 『あの事件』、例の性犯罪の被害者であることは間違いなかったが、どうにも、タイミングが良すぎる。


 坂崎、やはりただのではないようだ。


 坂崎への疑念や不信感を募らせつつも、この依頼を達成すれば、坂崎の正体に近づけるかもしれないとも思えた。


 「わかった。

  外には出れるか?」


 「無理です…」


 「じゃあ、電話でいい。」


 「どうすればいいですか?」


 「いくつか質問するから、答えてくれればいい。」


 司は、今回の依頼人から、被害の内容を聴取した。


 被害に遭ったのは3日前。


 呼び鈴が鳴ったその日、たまたま通販を頼んでいた依頼人は、なんの疑いもなく玄関を開けた。


 それからは、怒涛に身を委ねるだけで、いきなり顔に袋を被せられた依頼人は、「叫んだら殺す」と脅されて、されるがままだったと言う。


 服を剥ぎ取られ、弄ばれ、最後には…


 依頼人は途中から泣き出してしまい、電話もままならなかったが、最後には嗚咽を噛み殺しながら、憎悪を露わにした。


 「私はあの日から、外に出ることも出来ません。

  私をこんな目に合わせた人間が平然と生きているなんて、我慢できません。

  あいつを殺してください。」


 司は悩んだ。


 仕事を受ける条件は揃っているが、問題は、その男の素性が全く分からないことである。


 司は、警察でもなければ探偵でもない。


 警察ですら捜査が難航している現状で、司がその男を探し出すことは、非常に困難であった。


 依頼人も、その男の顔を覚えておらず、『中年のがっしりした男』と言う情報しかない。


 だが、被害者の思いと坂崎の謎を解決するために、依頼を受けることに決めた。


 「分かった。探すだけ探す。

  ただ、見つかる保証はない。そこだけ理解してくれ。

  俺からの連絡を待ってくれ。」


 そう言うと司は電話を切った。


 【探すってどうやって探すんだ?

  女に会えば、残り香からなんとなく当たりはつけられるが、今回は無理だぞ?】


 「刑事の『駅前に住んでる』を信じて、それらしい奴を探す。」


 【んな無茶な】


 実際、司には虱潰ししか頭に浮かばなかった。

 

 犯行に及ぶとなれば、オーラに出るだろう。


 それを追って、現行犯を捉えて殺す。


 それが司の考えだった。


 「まあ、付き合ってくれ。

  こんな奴は、みんな死んだ方がいいからな。」


 司の地道な捜査活動が始まった。


〜〜


 現在判明している情報は、がっしり体型の中年男である事と、駅前に住んでいる事、そしてタバコ臭いと言うことだけ。


 明らかに情報が少なすぎるが、駅前に住むとなると、アパートが数棟と住宅が複数あるのみで、あとは飲み屋や商店街であるため、案外絞りやすいかもしれない。


 まず司は、駅前のコンビニに張り込むことにした。


 体型が似た者は何人か確認できたが、皆一般的なオーラを放っており、犯罪者とは思えなかった。


 【いつまでやるんだ、これ】


 「見つかるまでだ」


 【警察が先に捕まえる方に、アイスひとつだ】


 「俺達が先に見つける方に、肩たたきだ」


 1人と1匹は、コンビニを出入りする客から目を離すことなく、そんな会話をする。


 埒が開かないと感じた司は、コンビニでの張り込みを続行しながら、猫童に周辺の住民を見て回るように頼んだ。


 猫童なら、家の中までばっちり覗く事ができる。


 猫童に依頼した事は2つ。


 犯人の特徴と合致する男の捜索と、次なる被害者の当たりをつけることである。


 被害者は全て一人暮らしの若い女性である。


 とは言っても、そんな女性は大勢いるため、ほぼ無理な話であった。


 進捗がなかった張り込みは4日目に突入した。


 その男は、毎日夜になるとコンビニに現れ、タバコを買う。

 

 最初に見た時は、仕事に疲れている作業員と言った印象だったが、日に日にオーラが澱んでいくのを感じていた。


 仕事のストレスや疲労によるオーラの減衰かと思ったが、司は自身の直感を信じて、喫煙所にいるその男に話しかけてみた。


 「こんな時間までお仕事ですか?」


 男は、司を一瞥すると、気だるそうに答えた。


 「そうですけど。」


 「それは、遅くまでご苦労様です。

  それはそうと、かなりいい体をされていますが、鍛えていらっしゃるんですか?」


 「まあ、少し。」


 男は突如話しかけてきた男を鬱陶しがるも、その興味は、コンビニを出入りする女性客に向けられていた。


 「いきなりすみませんでした。

  では、私はこれで。」


 一足先にタバコを灰皿に放り込んだ司は車に戻る。


 「それっぽい奴がいるんだ。

  来てくれ。」


 【ずいぶん早いな。もっとかかると思ってたよ。】


 「あくまでも予想だ。

  でも、これまでいろんな犯罪者を見てきたが、かなり似てる。」


その男がコンビニを出ると、司はその後を追った。


〜〜


 着いたのは、駅から徒歩10分くらいのアパート。


 駐車場からは、猫童が後を追う。


 玄関を抜けた猫童が視界を共有してくる。


 それはまさに汚部屋で、足の踏み場もない状態だった。


 男は床に散らばったゴミなのか日用品なのかも分からない物体を踏み潰しながら、部屋の奥へ進んで行く。


 男が本性を表すのは、そう遅くはなかった。


 薄汚れた灰色の作業着を脱ぎ捨てると、全裸になった男はタンスを漁り、女物の下着を引っ張り出した。


 そして、下着を顔面に擦り付けながら、自分を慰め始めた。


 【こいつぁキモすぎるぜ。】


 男はしばらくの間、1人の時間を楽しんだ。


 果てた男は、余韻そのままに壁にかけてあるカレンダーと向かい合う。


 明日は日曜日。


 男の周囲を黒く渦巻くオーラは、薪をくべたように、一層強まった。


 【当たりだな。

  最近変態を見すぎて、目がこえたんじゃないか?】


 司は一つの疑問を浮かべながらも、まずは犯人の発見に安堵した。


 「すまないが、その変態の家で一泊してくれ。

  俺も近くにいる。」


 司は、男の部屋が確認できる路上に車を停めると、1つの謎と共に一夜を明かした。


〜〜


 翌日、男はニット帽を被り、マスクを付けると、麻袋をカバンに入れて、部屋を出た。


 司達は、メラメラと揺れる澱んだオーラの跡を追った。


 

 

 


 



 

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