第6話① 教育以上、殺人未満
その日も司は、積み上げられた封書を開封しては読み、開封しては読みを繰り返していた。
半ば流れ作業のように読み進めていくと、ある手紙が気になった。
『いじめられています。助けて下さい。
田村しおり 17歳
090-××××-××××』
数ヶ月前の光くんの事といい、やはり学校という空間では、いじめが横行しているらしい。
「いじめ」という名の犯罪は、人間が集団生活を送る以上、常に近くに潜んでいるのかもしれない。
よく、「いじめられる側にも問題がある」という議論が展開されるが、これに対して司は、「15%程度同意できる。」という見解だった。
いじめには2種類あるからだ。
1つは、「やり返し」からヒートアップするパターン
これは、いじめられっ子側が、いじめっ子に対して、何か不届きな行いをした事で復讐されるパターン。
つまり、いじめられっ子側がいらん事をした結果の出来事だ。
だが、本来は復讐が完了した時点でプラスマイナス0になり、事態は収束するはずが、いじめっ子側が攻撃を続ける展開になる。
もう1つは、「完全理不尽パターン」である。
本人にはどうしようもない事情をつつき回し、攻撃する。
最も許されざるいじめの形態である。
何はともあれ、幼気な女子高校生がいじめを受けているとなれば、その原因を究明し、助けてやらねばならない。
【お、自分からは久しぶりだな】
それまでベランダでくつろぐ猫を眺めていた猫、猫童が振り返る。
「ちょっと気になったんでね」
司は電話番号を入力しながら答える。
スマホを耳に当てると呼び出し音が鳴る。
土曜日で学校が休みという事もあってか、相手は3コール目で出た。
「上神といいますが、田村さんで?」
「あ!はい、そうです!」
やはり司の声には凄みがあるのか、電話越しの少女が上擦った声を上げた。
「手紙を見たところ、いじめられているみたいだね。
話を聞きたいんだ、駅前の喫茶店まで来れるか?」
「良かった…ちゃんと届いてたんだ…
あ、場所ですけど、実は、あんまり遠くには行きたくなくて…」
少女の申し訳なさげな声。
「ふむ、なら場所と時間を指定してくれれば、そこまで行くよ。」
そう言われると少女は、少女の家の近くにあるファミレスを指定した。
「了解した。それじゃあ後ほど。」
【女子高生と2人きり…
やっぱり、お前ロリコ…
うお!危ねぇ!】
電話を切断するや否や口を開いた猫童に向かって、司は手裏剣を放つように、勢いよく手のひらを擦り合わせた。
猫童は身を翻して、少し離れた位置に着地する。
【何しやがる!】
「お前こそ、失礼な事を言おうとしたな?
これは仕事だ、れっきとしたな。」
今のは上神家に伝わる独自の除霊術の一つである。
「分かってると思うが、俺をその辺の霊能力者もどきだと思うなよ?
お前を一日中寝込ませることくらい簡単だからな。」
【はいはい、悪ぅござんした。】
猫童は、テキトーに謝った、
約束の時間まで、あまり余裕がない。
司は車をファミレスに向けて走らせた。
〜〜
珍しく、依頼人が先に着いていた。
「あ、もしかして、上神さんですか?」
声をかけてきたのは、眼鏡をかけたポニーテールの少女だった。
第一印象は「地味」そして…
少女の右目は義眼だった。
「とりあえず、中に入ろう」
店に入った2人は、テーブル席に座ると、司から切り出した。
「で、いじめられてるっていうのは本当か?」
「はい、本当です。
私は、中学校の時に事故で片目が見えなくなってしまって、それ以来義眼なんです。
高校生になると、それを知らない人たちも同じクラスになるので、そこからいじめが始まりました。」
少女は、年齢にしてはしっかりとした口調で、順序立てて説明を返した。
「その内容は?」
「まずは、義眼を
初めは、ネチネチとした嫌がらせが続いていました。
でもそれが嫌で、私が文句を言ったんです。でもそれを境にエスカレートして、ある日、トイレに連れ込まれて体の色んなところを触られたんです。しかも、直接…
もう、怖くって…その時は声も出なくて…」
少女は震える声でそう語ると俯き、自分腕で自分の身を抱いた。
司はあくまでも冷静に、質問を続ける。
「そのクソ野郎は男なんだな?」
「はい、男3人、同い年です。」
「今、学校に行ってるのか?」
「いいえ。
あの一件以来、本当に怖くて、学校に行くふりをして、図書館とか公園で時間を潰しているんです。
先生たちには、眼の調子が悪いからしばらく休みます、って伝えてあります。」
「そうか、分かった…
言いたくないこともいっぱいあったろうに、教えてくれてありがとう。
一先ず、調べてみるから、数週間時間をくれ。」
司は、依頼を仮受付した。
ファミレスの前で少女と別れると、司は車の中でタバコを咥えた。
【即決だったな】
「あぁ、あの子の話が本当なら、許しちゃならねえからな」
これは明らかな「完全理不尽パターン」だ。
少し開けた窓の外に向かって煙を吹き出す。
「だが、相手も子供だ。
調査は綿密に、慎重に行う。」
【へい】
「とりあえず猫助は、学校に潜って加害者3人の調査だ。
1人ずつ詳しく頼む。
俺は、依頼者の家族関係とか、そっちを当たる。」
【また監視カメラか…
不本意ではあるが、任せときな】
こうして、「田村しおりいじめ事案」の調査が開始された。
〜〜
司は、田村家を確認できる公園に車を停めると、よく観察した。
司の見立てによると、父親と二人暮らし。
収入は平均よりやや低い。
父親は趣味で野球を嗜み、休日はよく町のグラウンドに出かける。
玄関の外に、野球用のスパイクが干してあった。
娘が酷いいじめに遭い、学校に行くことすらできていないとは、全く知らない様子だ。
父親は現在、車に乗り込んでどこかに向かおうとしている。
買い物カゴを持っているから買い出しか。
夕方の割引を狙っているのだろうか。
シングルファザーは大変そうだな。と思うと同時に、司の車両前方から、嫌な顔が近づいて来ていることに気がつく。
坂崎だ。
坂崎は満面の笑みでこちらに手を振っている。
司は愛想笑いをしながら車の窓を開けた。
「こんにちは、刑事さん。
奇遇ですね。」
「本当ですよ。上神さん。
たまたまこの辺りの事件を調べてましてね?丁度一段落したので本部へ帰ろうとしたら、あなたの車を見つけたんですよ。」
相変わらず、でかい声でよく喋る。
「それで、上神さんは今何を?」
「ああ、今日はあそこのご家庭の草むしりを引き受けたんですよ。
庭に草が生い茂っていたので。
私も、今終わったところですよ。」
「はあ、そうでしたか。
まだ少し冷えますが、草むしりで体を動かすと汗を流すでしょうから、風邪をひかないように気をつけて下さいね!
では、私はこれで。」
そう言うと坂崎は、歩き出した。
嵐のような男だ。
突然現れ、ガミガミ騒ぐと過ぎ去っていく。
司はサイドミラー越しに、坂崎の背中を見つめていた。
『何者だ?あの刑事は…それに…」
【戻ったぜえ】
司の思考は猫童の登場により中断される。
【今日の学校はもう終わりだ。
とりあえずまだ1日目だが、確実に言えることは、あの野郎どもはクソってことだな】
あの少女の訴えと矛盾のない猫童の報告に、司は少しホッとする。
「詳しく頼む」
【まず、名前が割れた。
田代、大岩、岩崎だ。
3人は常に一緒に行動して、肩で風切って歩いてるよ。
授業をサボってタバコ吸って、パシリ、シゴキは当たり前、俺の見立てでは、あっちのお薬も持ってると見える。
初日でこれだ。
1週間も張り付けば、面白いものがいっぱい見れそうだ】
キシキシ笑う猫童に、司はすかさず指示を出す。
「じゃあ1週間かけて、1人ずつ詳しく調べてくれ。
学校だけじゃなく、プライベートもだ。
俺は少し、部屋に籠る。」
【了解したぜ】
そう言うと猫童は見えなくなった。
〜〜
その1週間、猫童は学校から加害者の家まで張り付き、動向を監視した。
まずは田代だ。
母子家庭で、その母親も普段は家にいない。
おそらくは男関係。
田代はよく、悪友を家に招き入れ、酒を浴びるほど飲み、乱痴気騒ぎを起こしていた。
勿論、ご近所さんからの評判は最悪。
そして大岩。
こいつは、プライベートではそこまで悪い奴ではないと言う印象だ
ただ粋がっている、大人になりきれない高校生。
柔道をやっているようで、部屋には小さなトロフィーが目立つように飾ってあった。
両親との仲も良好なようだ。
最後に岩崎。
こいつが最も危ない奴で、学校でも家庭でも素行は最悪。
生徒への暴力は日常茶飯事で教師に手を上げたこともあった。
さらに、大麻を買っているところも抑えた。
しかもそのツテで、卒業後は暴力団の一員に加わるつもりらしい。
いじめの主犯もこいつだ。
猫童は1週間の調査結果を全て記憶すると、司の元へと戻った。
〜〜
『少年犯罪の再犯率は30%程度…
重大犯罪の場合は…』
『この学校、少し前にいじめの騒動があったみたいだな。
学校は認めてないようだが…』
一方司は、パソコンと向き合い、少年犯罪やいじめ加害者の社会復帰について、独自に調査していた。
【おーい、戻ったぜ。
会いたかったろ?】
「ああ、うれしいよ。」
司はパソコンから目を離さずに棒読みする。
【冷てえなー、いっぱい情報持ってきたのによ】
司は椅子を反転させると、猫童の方に向き直った。
「そうじゃなきゃ困るからな。
で、どうだった?」
猫童は、司にありのままを説明した。
司はそれをメモに取りながら聞く。
【…とまあ、こんな具合だ。
特に岩崎ってのは、あの年でよくあそこまで
なるほど、なかなかのクソ野郎だ、暴力団が出て来るとは想像もしていなかった。
「しおりちゃんに、もう少し詳しく聞かないといけないな…」
司は呟くと、しおりちゃんに電話をかけた。
「急にかけて申し訳ない。
実はもう少し聞いておきたいことがあってな。
君が、体を触られた時のことについて、詳しく教えてくれないか?
3人のうち、誰が、何をしたのか」
しおりちゃんは、かなり躊躇った。
当然だ、本人にとっては凄まじいトラウマであり、屈辱的で、恥辱的な記憶なのだから。
「よければでいいんだ。
辛いなら、無理に話せとは言わないよ。」
「わかりました…お教えします…」
しおりちゃんは、か細い声を振り絞った。
説明によると、やはり主犯は岩崎、気色の悪い手つきで体を触り、弄んだ。
そして田代はその様子をスマホで撮影していたと言う。
大岩はと言うと、外での見張り役に徹していたそうだ。
「よく分かったよ、ありがとう」
司は、しおりちゃんの勇気ある告白に感謝を告げると、電話を切った。
「猫助、田代のスマホに干渉して、そのデータを確認できるか?」
【出来ないこともなさそうだが、結構難しいぞ?それは。】
前に一度やった、ビデオカメラに干渉する心霊写真の応用。
あれをさらに応用すれば、出来ない事もなさそうだ。と司は判断した。
「お前の実力を信じるよ」
【まあ、出来ることはやるよ】
猫童は天井に吸い込まれていった。
果たして出来るのだろうか。
1人になった部屋で、司は思う。
司が心配する一方で、猫童は久しぶりに全力で仕事をこなしていた。
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