第6話② 教育以上、殺人未満
【うおー!俺は限界を越えたぞー!】
そう叫びながら、猫童が壁をすり抜けて来る。
【やってやったぞ!なんとかな!
かなり力を使ったが!】
興奮する猫童の勢いを闘牛士のようにいなすと、司は問う。
「で、動画はあったのか?」
【あぁ、間違いなくね。
あいつらは本物の外道だ。
ここ20年でも指折りのな。
何があっても、絶対にぶっ殺すべきだ!】
司はまだ、実際にその3人を観ていないが、猫童がそう言うくらいだ、なんとなく察しがつく。
【そして耳寄り情報が一つ。
今日の深夜、3人が集まってブリブリパーティーするらしいぜ】
「どこで覚えた…そんな言葉。」
「ブリブリ」とは、大麻の薬理作用が現れた人間に対するスラングである。
時刻は午後10時、今から張り込み、奴らを待ってみることにした。
司は、軽自動車のアクセルを踏み込んだ。
〜〜
そこは、廃学校。
少子化の影響か使われなくなり、今では不良とホームレスの根城になっている。
司は学校が見える路上に駐車すると、奴らの到着を待った。
深夜1時、3人の人影が現れた。
【あいつらだ】
猫童が耳打ちする。
3人のうち2人は、木の影に座るとタバコのように見えるものを吸い始めた。
【いいか?あのゴミが岩崎だ。そんで、その正面にいるゴミが田代、そんで、あの、ちょっとゴミが大岩だ。】
猫童は司の背後から両肩に手を置いて、覗き込むようにして言った。
「そうか、で?どのゴミが岩崎だ?」
司は、その3人に向けて鋭い眼光を向ける。
【あの、1番背が高い奴だ】
「ほーう」
司は何枚か写真を撮る。
「あれ、何吸ってるか観てきてくれないか?」
【あいよー】
司に指示された猫童はフロントガラスをすり抜けて、3人の元に向かう。
【んー臭いな、でもタバコじゃない変な匂いだ。大麻かもな。】
【それと、面白い会話してるから聞かせてやるよ】
そう言うと猫童は、司と聴覚を共有した。
「大岩、お前さあ、最近ノリ悪くね?」
「俺も思ってた。何なの?」
「いや、何でもねーよ。
ちょっと体調悪くてな。」
「嘘つくなや。いい子振ってる?」
「何でもねえなら、これ吸えや。」
どうやら仲違いが生まれているらしい。
あの大岩という少年には、善の心が芽生え始めたのか、頑なに誘いに乗らない。
「やっぱお前裏切るつもりやろ」
「そんなん許さんでな」
「おれ、ヤクザの知り合い居るけど、呼ぼうか?」
口籠る大岩が少し不憫に思えてきた司は、猫童に指示を出した。
「ちょっとゴミ野郎を助けてやれ」
【あいよ】
そう言うと、猫童は廃学校に入っていくと、取り残されたのか、誰かがイタズラで持ってきたのか、人体模型に憑依した。
【うぉー動きづれぇー】
そして、のっそのっそと学校の外に出ると3人の元まで歩いて近付いていった。
【おい】
地に響くような低い声で、呼びかける。
「うぉお!」
3人は一斉に驚嘆して咄嗟に距離を取った。
その隙を見て、大岩はその場から逃げ出した。
それを見届けると猫童は人体模型から抜け出し、車に戻ってきた。
岩崎たちは、ただの人体模型に向かって
「おい!何やお前!」「いたずらか?!」
「誰や!」「出てこい!」
などと罵声を浴びせかけていた。
それがあまりにも滑稽で、司は思わず吹き出してしまった。
【バカだな、あいつら】
これには流石な猫童も呆れていた。
でも冷静に考えて、夜中にいきなり人体模型が歩いてきたら、怖いどころの騒ぎではないだろう。
決定的な瞬間と面白い光景が見れたことに満足して、車はアパートに向けて走り出した。
【どうすんだ?岩崎、田代は問題ないとして、大岩はどうする?】
「あいつに関しては、もう少し様子を見たい。
あと少し、あいつに憑いていてくれ。」
【あいあいさ】
そんな会話をして、その日は就寝した。
〜〜
次の日から、大岩は学校に行かなくなった。
奴らから脅迫まがいの言葉を投げつけられ、怖くなったのだろう。
「あんた、学校はどうしたの?!」
大岩の母は声を荒げた。
「ちょっと体調悪くて、しばらく休むよ。」
そう言うと、大岩は部屋に篭り続けた。
「何でこんなことに…」
布団にくるまって、そう呟くのを猫童は聞き漏らさなかった。
「全部、俺が悪いのに…」
大岩の涙がシーツを濡らした。
【このオーラ、『後悔』だな。】
【聞こえたか?】
「ああ、バッチリだ」
司の手には携帯電話が握られていた。
〜〜
2人は、例のファミレスにいた。
「俺は、君の依頼を受けることに決めた。」
鋭い目つきで司は告げる。
「ありがとうございます。」
詩織ちゃんは頭を下げた。
「それにあたって、一つ確認がある。
あいつらから君が受けてきた仕打ちは、『いじめ』の域を超えてる。凄まじい悪行だ。
だから俺は仕事を受けた。
ただ、『人が死ぬ』
これについては、ちゃんと理解してるか?」
これに対してしおりちゃんは、迷いなく答える。
「はい、理解しています。
あの日から何度も、自分が死のうと思ったんです。
でも、私は何も悪くないのに、何で死なないといけないんだ、って…決心がつかないでいて、そんな時に、上神さんのことを知りました。
その時から覚悟はできています。
どうか、よろしくお願いします。」
しかと聞き終えた司は、いつもの調子に戻り、話し始める。
「じゃあ、仕事内容についてだ。
俺は子供から金は取らない。
聞くのは、希望の死因と時間だけだ。
何かあるか?」
しおりちゃんは、少しの間悩んだ。
「えっと、正直に言うと、ただ『死んでくれればいい』と思っていたので、そこまでは、今は思いつきません…」
「そうか、まあ、急ぎの仕事ってわけじゃないなら、少し考えてもいいぞ。
決まったら、電話してくれればいいから。」
「…分かりました。」
その日は、それで別れた。
その帰り、タバコを吸いながら車を運転する司に、猫童は話しかけた。
【大岩も殺すのか?】
確かに、あの時彼の発した言葉には後悔の念が詰まっていた。
それに、しおりちゃんに対するいじめについても、あまり積極的ではなかったようだ。
「まあ正直、あいつにはチャンスを与えてもいいと思ってる。
生かすか殺すかの決定権は俺にある。
それは最初に説明したから、彼女も理解してくれてる。」
【そうか】
それだけ聞くと、猫童は姿を消した。
家に帰ってしばらく経った時、司の携帯が鳴った。
この番号は、しおりちゃんだ。
「上神だ」
「あ、すみません。さっきの話で、お話が。」
「ああ、殺し方のことか?」
「はい、それなんですけど…殺さないでください。」
「え?」
意表をつかれて、一瞬脳が思考を止める。
「それは、アイツらを生かしておくってことか?
君にあんなことをした人間たちを。」
「はい、生かしておくんです。
でも…」
「一生残る傷を負わせてやってほしいんです。」
その言葉で、司は理解した。
「あいつらは、私の片目が見えないことを散々バカにしてきました。
普通の人よりも生きづらい世界を、アイツらにも経験して欲しいんです!」
【そうきたか】
司の頭上を、猫童が漂っている。
「君の気持ちは理解したよ。
最終確認だ。殺すか、生きたまま殺すか、どっちにする?」
「生きたまま殺してください」
「程度は?」
「私よりもずっと重いものでお願いします。」
「過程は?」
「それは、お任せします。」
「全て承知した。契約完了だ。」
スムーズに仕事の話が済むと、司は一服をかます。
【で、どうするよ。
なんか、俺ら任せじゃないか?】
空中から猫童が問いかけてきた。
「そうだなあ」
灰皿に灰を落としながら考える。
「まずは岩崎、アイツは両目とも失明だ。」
「そして田代、アイツは酒をよく飲んでいるみたいだから、肝臓を破壊してやる。」
「そして大岩だが…」
司は悩んだ。
彼にだけは、更生の色が窺える。
「しばらく柔道ができないようにしてやれ。」
全て言い終えると、タバコを灰皿に押し付けた。
〜〜
翌朝、早々に事を起こした。
学校へ登校している田代の頭上にピッタリと張り付いた猫童は、右手の人差し指を横一文字に素早く振った。
すると、前方から走行してきた土砂を積んだ中型トラックと、中央線をはみ出した対向車線の自動車とが、正面衝突を起こした。
その勢いは凄まじく、破裂するように拡散した車のパーツや土石の一部が、槍や、砲丸のように飛んできて、田代の右脇腹を抉った。
【あれ?『肝臓を破壊』ってこう言うことでいいのか?
ま、やっちまったもんはどうしようもねえな】
猫童は波紋に吸い込まれると、その場を離れた。
田代は断末魔をあげてその場に倒れ込むと、数分後に駆けつけた救急車で運ばれた。
続いては岩崎だ。
これまた学校へ向かう途中の岩崎の上空。
空中で直立して腕組みする猫童は悩んでいたが、突如閃いた。
【クソ野郎には、地獄を見てもらうぜ?】
先ほどと同様、人差し指をサッと振ると、岩崎が歩く方向にある民家の庭に繋がれていた大型犬の首輪が外れた。
自由の身となった大型犬は、首を一振りすると、誘われるように敷地の外へ向かった。
その時、すでに岩崎は、犬の間合に入っていた。
「うわ!」
驚きと恐怖で慄いた岩崎だったが、逃げ出すより早く、犬が岩崎の足に食らいついた。
犬は、岩崎が転倒したのを見ると、顔の方へ移動して、顔面に食らいつき始めた。
「あぁぁ!助けてぇぇ!」
朝の静寂が漂う住宅街に、突如として、阿鼻叫喚が響き渡る。
犬は夢中になって、顔面を執拗に攻撃する。
すぐに犬の飼い主が駆けつけ、犬を静止して、引き離した。
「あぁ、あぁ…」
悶絶する岩崎の顔についていた眼球は、今や犬の腹の中にある。
【おぉ、だいぶ痛そうだなぁ、確かに、死んだ方が楽そうだ】
民家の屋根に座って頬杖をつきながら眺めていた猫童は、最後の仕事場へ向かう。
大岩は相変わらず、部屋に篭って布団の中にいる。
突如尿意を催した大岩は、一階にあるトイレに向かうために階段を降りた。
すると、足が滑って転倒。
両腕を骨折した。
痛みに喘ぐ大岩の声を聞きつけた母親が、すぐに彼を病院に運んで行った。
【リハビリ頑張れよー】
〜〜
仕事を終えた猫童が司の元へ戻ってきた。
「だいぶ派手にやってたな。」
【まあ、相応だろ】
一服していた司のポケットの中の携帯がなる。
ため息をつくと、電話に出る。
「約束しただろ。契約完了後は、連絡は取らないって。」
「ごめんなさい、でも、気になってしまって。」
しおりちゃんが我慢できずに、電話をかけてきたのだ。
「まあ安心してくれ。
ちょうど今終わったんだ。」
「え?もうですか?」
驚きを隠せないしおりちゃんに司は提案する。
「ああ、もし気が向いたら、明日は学校に行ってみるといいよ。
すごいことになってると思う。」
「分かりました。
勇気を出して、行ってみます。
苦しんでいるアイツらの姿も見たいですからね!」
「あー、アイツらは、当分学校には来れないかな」
司は笑みを浮かべた。
「なにはともあれ、これでお終いだ。
仕事も、君との関係も。
もう連絡してこないでくれ。
絶対に約束だ。」
「はい、分かりました!
どうも、ありがとうございました!」
電話が切れると、司はもう一服。
「猫助」
猫童を呼ぶ。
「今日は3人相手で大変だったろう
供えて欲しいものはあるか?」
満足顔の猫童が、頭の上で手を組んで答える。
【むしろ3人分スカッとできて、気分がいいんだがね。
でも、お言葉に甘えるとしようかな。
…『なんか甘いもの』だ!】
司は湿った視線を猫童に向ける。
「そう言うの、1番困るんだぞ」
【そこは、20年以上連れ添った信頼だ。
期待してるよ】
そう言うと猫童は、ふわりと姿を消した。
ひとまず、封書の山を整理したら、買い出しに向かうとしよう。
司は次なる困り人を探し始めた。
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