第2話

彼はその夜、一等客用の船上レストランに行った。・・・行っただけ、だったが。

ドレスコードのあるレストランだとはつゆ知らず、彼の着替えは深緑のシャツにベージュのチノパンというラフな格好しかなかったのだ。諦めて三等客用のビュッフェに向かう。

「こんなことなら、二等客室にしてもらえばよかったな・・・」

そう思いつつも、彼は好物のスクランブルエッグと温野菜、コーンフレークを見つけられて上機嫌だった。席に着くと、入り口の方を通りかかる女の子に目が止まった。


「あっ」

小さく叫んだのに彼女は気づいたのだろうか、顔をこちらに向けた。

彼女はリザ・アシュクロフトだった。


「こんなとこで何やってるわけ?」

「ドレスコードがなかったんだよ。まあ、好物が見つかったからいいけどさ」

「そんなこと?なら私の部屋来なさいよ。一着くらい貸してあげるわ」


そう言われて、由衣は一等キャビンの中でも一際豪華なクイーン・スイートについて行く。クローゼットの中を漁るリザの背中を眺めながら聞いた。

「なんでいきなり、こんなことを?」

「ちょっとは反省したのよ。触れてほしくないところを触れちゃったのは悪かったと思ってるから」


そう言うとジャケットとパンツを取り出した。由衣には少し大きい。

「ほら。ちょっと大きいけど、不恰好な程度じゃないでしょ」

「なんでこんなもの・・・?」

「私の婚約者の分よ。まあどうせ、今頃別の客室で腰振ってるんでしょうけど。・・・ところで」

彼女は悪戯っぽく笑った。

「伊佐美由衣といえば、そんな名前の奴が行方不明になってたわね。もしかして、あなた——」

「そんなの偶然だろ。伊佐美なんて名字、あのコロニーじゃごまんといる。名前だって、偶然被っただけなんだからな」


彼はそれを自室で着て、レストランに向かった。

(あいつ、婚約者がいるのか。あの性格じゃ、夫になる奴も難儀だ・・・待てよ、浮気をしている?って言ったな?それをなんであんな平然と?慣れているのか・・・?)

そんなことを思っていると、彼の目の前にカニと、ビーフコンソメのスープが並べられた。

家出をしたといえど流石に旧家の子息で、テーブルマナーは完璧だ。無駄のない所作でカニと格闘する。

「・・・うまいな」

そう口の中でつぶやく。さすがは「そら飛ぶラグジュアリー・ホテル」と呼ばれるだけある、と思った。


デザートのガトーショコラを完食し、食後の紅茶を楽しむ。


自室に帰る途中で、リザの部屋にルームサービスが来ていた。搬送用リフトの食事は豪華に見えたが、どう考えても一人分の量だ。由衣にはその光景が何かさもしいものに写った。


(あいつも寂しいのかな)

彼はそう思った。

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