星界の船

@veryweak-stickman

第1話

スターダスト号は冥王星から地球までの航路を結ぶ宇宙客船である。

冥王星ラグランジュポイントのスペース・コロニーを出発し、海王星ラグランジュ点、天王星ラグランジュ点・・・・・・と言うふうに、ちょうど太陽系惑星の数え歌と逆の順番で地球のラグランジュ点にまで到達する。

船はシリンダー型のメイン・ブースター兼資材倉庫を中心として、その周りに回転する居住ブロック・・・回転運動によって人工的な重力を発生させている・・・を配置した外観である。サイズは全長10km、直径2.5kmと、オニール・シリンダーを3分の1ほどに縮小した超巨大宇宙船だ。

旅程は無補給ならば3ヶ月で済むが、実際には各惑星のコロニーに一定期間停泊するので合計で5ヶ月かかる。

この船はその高速性もさることながら、サービスの質の高さでも評判であった。

キャビンは一等〜三等に分かれており、一等客室の質は「そら飛ぶラグジュアリー・ホテル」と渾名がつくほどだった。


天王星コロニーを発って数日たったある日。

その日は人気スペース・ホビー、「アクシロ4」の試合がある日だった。

アクシロ4はバドッズと呼ばれる競技用人型マシーンで戦う、3対3のシューティング・ゲームだ。VR版もあったが、プロプレイヤーの試合を観戦するのが最もポピュラーだった。

今日の試合は、トッププレイヤーのロー・ルーモアが参戦する日とあって、旅客はこぞって見物に詰めかけ、立ち見席すら満杯の有様である。


がらんどうと化したキャビンの展望室で、窓際に腰掛ける少年がいた。


彼は由衣といった。天王星コロニーにある宇宙貴族、伊佐美家の跡取り息子であった彼は、地球のラグランジュ点に向けての航海の途中だった。

テープレコーダー複合型の大きなラジオを持ち込み、ニュースを聞きながらアクシロ4の試合を見物する。


「つまんないことしてるわね」

その声の方に視線を向けると、女性が一人。


金髪を肩まで伸ばし、服は白いワンピース。

勝気な印象の風貌をした少女に、由衣はうんざりした視線を送った。

「お前には関係ないだろ、あっち行っちゃえよ」

「あら、それが私に対する態度?」


それを聞いて、彼は記憶の端に掛かっていた顔を思い出した。

この客船を保有する会社の社長令嬢が、「成婚記念乗船」とか言ってパンフレットに載っていた。確か、名前は・・・・・・


「リザ・アシュクロフト・・・?」

「そう。この船に乗ってるくせして、すぐに思い出すこともできないのね。あなた、名前は?」


由衣はチケットを見せた。

「伊佐美由衣、3等客室の」

「由衣・・・女の子の名前なのに男、ね」


それに彼はいきり立った。

「だったらどうした!?人のことおちょくって楽しいのか!?」

「何よ!男のくせして忍耐力もないのね!」

「貴様!」


彼は胸ぐらを掴もうとしたが、そこまでだった。


「リザお嬢様!こんなところに!」

彼女の背後から執事らしき男が走り寄って来、二人の間に割って入った。

「伊佐美様、此度の無礼をお詫び致します。リザお嬢様にはこの後予定がございますので、今回の件は水に流していただけませんでしょうか」


掴むものを無くした指をわきわきと動かしながら、彼は答えた。

「・・・わかった。だが自分はアイデンティティを否定されたんだ、何か埋め合わせをしてもらいたいな」

「もちろんでございます。伊佐美様には空きの一等客室を手配いたします」


由衣とて納得したわけではなかったが、それで手を打った。


彼の側に置いていたラジオから、ニュースが聞こえた。

「——次のニュースです。天王星第3コロニーの伊佐美由衣さん17歳が行方不明になってから今日で4日となり、警察は行方を追うとともに、行方不明になった時期に停泊していた・・・・・・」

由衣は苦々しい顔をしながら、ラジオを切った。

「何も知らないで・・・」


静まり返った展望デッキでは、スピーカーからバドッズの機動音のみが響いていた。

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