42. 空回りするブロン
思わぬ追加人員が発生したものの、アシュレイたちは予定通り魔窟探索に出かけた。今回挑むのも瑠璃級の“陥穽の洞穴”だ。ただし、デストとの打ち合わせ通り、普段巡回する場所よりも先に進むことになる。
とはいえ、“陥穽の洞穴”は多層構造の魔窟で、同一階層では魔物の種類や強さはほとんど変わらないらしい。つまり、奥に行くだけではさほど危険度は変わらないのだ。無論、移動による疲労や集中力の低下を勘案すれば同じとは言えないが、下層に比べると危険は遙かに小さい。
さらに言えば、デストらは黄玉級で、上層から一方的な攻撃とはいえ下層の魔物を屠れる力を持つ。アシュレイやネイは水晶級としては抜きん出た実力の持ち主だ。瑠璃級魔窟の上層で遅れるをとることはない。もちろん、油断さえなければ、だが。
「俺だってやれるんだからな! 見てろよ?」
アシュレイへの対抗意識からか、ブロンがやたらと張り切っていた。勇ましい言葉とは裏腹に、その行動はとても危なっかしい。というより、完全に空回りしている。
「馬鹿野郎! 無意味に武器を振り回すな!」
「す、すみません!」
デストに怒鳴られてシュンと肩を落とす。それだけならばまだしも、お前のせいだとばかりに睨まれるのでアシュレイとしては困ってしまう。
ブロンの振る舞いはあまりに拙い。これで彼はディガーとなって、一年以上が経過しているというのだから、呆れてしまう。ザインゲヘナに連れてこられたばかりの駆け出しでも、普通はもう少し慎重の行動をするはずだ。
アシュレイは考える。やはり、“剛腕爆砕”の活動スタイルは拙い。稼ぐという点においてはともかく、駆け出しが成長できないのが良くない。
彼らはディガーになってから、一度も真っ当な探索をやっていないのだ。デストに言われるまま魔窟に潜り、指示通りに採掘をするだけ。移動中の魔物はデストらが対処する。下層での採掘は安全とは言わないが、それでも彼らが彼ら自身の判断で何かをすることはない。デストたちが敵を殲滅してくれるのを逃げ惑いながら待つだけだ。そんなスタイルを続けたせいで、彼らは魔窟の危険性がよくわかっていない。いや、警戒心が薄れているのだろう。
まともなチームならば、そのまま放ってはおかない。厳しく叱るか、危険の少ない魔窟を駆け出しだけで探索させるか。手段はそれぞれだろうが、魔窟の怖さを教え込み、正しい警戒心を身につけさせるはずだ。駆け出しとはいえチームの一員。彼らのため、チームのため、そしてともに行動する自分自身のため。先輩ディガーは、未熟な後輩の指導を怠らない。
だが、“剛腕爆砕”では、そうではなかったということだろう。彼らにとって駆け出しディガーは稼ぐシステムを維持するためのパーツ。教育して、育てようというつもりがないのだ。
その結果が、今である。道中で出現する魔物にも、足並みを揃えずブロンが一人で突っ込んでしまい。それをアシュレイとネイでフォローするという展開が続いた。最初は張り切っていたブロンも自信をなくしてすっかりしょげてしまう。それで大人しくなれば良いのだが、失敗を挽回しようと焦り、敵が出ればまた飛び出していくのだ。
魔物と遭遇する度に万事そんな有様なので、移動にはいつも以上に時間がかかった。はじめは呆れた様子で見ていたデストも、あまりの進行の遅さに苛立ちが募ったようだ。我慢できなくなったのか、ついに口を出した。
「ブロン……お前、いい加減にしろよ! 魔窟では無駄口を叩くなっ! わかってんのか? お前の行動が他のヤツらを危険に晒すんだ! 自分勝手な行動を慎め! よく聞いておけ――」
突然始まった指導に、アシュレイとネイは呆気にとられる。だが、叱られている当人のブロンは真面目にデストの説教を聞いていた。
やけに熱を帯びて話すデストの説教は止まらない。それを止めたのは、ゲスタとナジルだ。
「おいおい、デスト。いつまで続けんだ?」
「そうだぜ。説教するにしても今じゃねぇだろ? あぁん?」
苛立った様子を見せる二人に、デストの表情が一瞬歪む。しかし、すぐに冷静さを取り戻したらしく、真面目な顔で頷いた。
「……そうだな。またにしておくか」
「ご指導ありがとうございます、デストさん!」
「おお」
輝く笑顔で礼を告げるとブロンに、バツが悪そうな顔でデストが応じる。カーティアがその姿を心配そうに見つめていた。
■■■
「あんた。ちょっとどうしたの? 下っ端に何を真面目に語ってるのよ」
戦いのあとの小休止、カーティアがデストに尋ねた。普段の彼らしからぬ行動に疑問を覚えたせいだ。それがわかっているのか、デストも面目なさげだ。
「ああ、すまん。もどかしくて、ついな」
「でも、やめておいた方がいいわよ。アイツらは所詮道具……なんでしょ?」
「そうだな」
わかってはいるのだ。だからこそ、今まで下っ端たちにはまともな指導もしてこなかった。それは、彼らを水晶級にとどまらせ上手く利用するためという側面もある。だが、接する機会が増えると、情が移ってしまうのを恐れてという面がなかったわけではない。自分がのし上がるための道具。そう思わなければ、下っ端たちが大きな怪我をするたびに心が痛む。
それでもつい口を出してしまったのは、ブロンの空回りが、かつての自分に重なったからだ。見捨てられたくなくて、焦り、ミスをする。とても見ていられなかった。
「大丈夫なの? 最悪はブロンも切り捨てるつもりだったんでしょ?」
「それは……」
葛藤を見透かされたのか。カーティアからの指摘に動揺する。
今回の探索で、アシュレイをはめる。そのつもりだった。利用を考えたが、それも難しい。何より、ネイリムスの精神的支柱になっているのが厄介だ。しかも、最近になって、アシュレイは“無敵モグラ団”と交流があることがわかっている。有り体に言えば邪魔だった。
想定外なのは、ブロンだ。待機を命じることはできた。しかし、アシュレイは馬鹿じゃない。“剛腕爆砕”が下っ端ディガーを食い物にしていることには気づいているだろう。ここでブロンに待機を命じればアシュレイは訝しみ、警戒するだろう。これが普通の探索ならば、ブロンを置いていく理由はないのだから。
だから、同行を許した。もちろん排除予定はアシュレイだけだ。しかし、何かあれば……最悪、ブロンも切り捨てる。そういう予定になっていた。
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