41. シンクロするため息

「今回は少し深くまで潜ろうと思ってんだが、大丈夫か?」


 “剛腕爆砕”の拠点の一室、探索前の打ち合わせの席でデストが切り出したのがこの言葉だ。チーム内で打ち合わせは済んでいるのか、他の参加者はアシュレイだけだった。


「どうしてです? 今までの探索は順調だったので、特に場所を変える必要はないと思いますが」

「順調だったからこそ、だな。下層の資源だって回復には時間がかかるんだよ。普段はじっくり時間をかけるんで、稼ぎ場を一巡するくらいには資源も戻ってるんだが、今回は立て続けに採掘したからなぁ」

「なるほど」


 デストの言葉に、アシュレイは納得を示した。


 聞けば“剛腕爆砕”は罠を利用して下層エリアの採掘が行えるような稼ぎ場を数カ所把握しており、そこを二ヶ月ほどかけてゆっくりと採掘していくらしい。一巡する頃には、最初の罠の場所は資源が回復しているので、また繰り返し採掘が行えるというわけである。


 しかし、今回はアシュレイの合流で予定が狂った。もちろん、悪い方ではなく良い方に。下層での採掘で負傷しなければ、休養期間が必要なくなる。毎日立て続けに掘ったせいで、予定を大幅に短縮して一巡してしまったようだ。


「完全に回復しきってない場所を採掘しても効率は悪いしな。休養期間ってことにしてもいいが、せっかく合同探索で来てるのに、それも微妙だろ」

「それは確かに」


 アシュレイとしても、それは避けたいところだ。“剛腕爆砕”での稼ぎだけでノルマ到達は難しいだろうが、その足しとしては大いに役立っているのだ。そして、隙を見てウォッチバードの監視の目を誤魔化しつつ、稼ぐためにも、探索に出て機会を窺わなければならない。


「というわけでな。今までは巡回ルートにしていなかった場所の採掘も試してみようと思っているってわけだ。まぁ、やること自体は今までと同じ。少し移動に時間がかかるってだけで、何も変わりはしねぇさ」


 ニタリと笑うデスト。人を安心させる笑み……のつもりかもしれないが、滲み出る凶悪さが隠し切れていない。“何も変わらない”という言葉もどこまで信用できたものか。


 これまでの場所は、言わば実績のある稼ぎ場。繰り返しの探索で、その素性が知れている。安全性が確認できていると言い換えてもいい。採掘作業を担当する下っ端に負傷は多いが、それを考慮に入れても危険は最小化されていると言えるだろう。ランクに見合ってない彼らがどうにか生き延びているのはそういうことだ。


 だが、未調査の場所はそうではない。どんな危険が待ち受けているのか、わからないのだ。それは強力な魔物かもしれなければ、恐ろしい罠かもしれない。ただ一つ言えるとすれば、それらに襲われるのはアシュレイとネイリムスだ。


 デストもそのことは承知しているだろう。その上で“何も変わらない”などと言うのはおためごかしでしかない。


「そうですね」


 だが、それでもアシュレイは否定の言葉を口にせず、それどころかにこやかに応じた。


 拒絶したところで、デストが考えを改めるとは思えない。場合によっては、アシュレイ抜きで探索をすることもあるだろう。そうなれば、危険はネイリムス一人で背負うことになる。それは避けたかった。


 それに、だ。トラブルが起きれば、監視の目が他に向くこともあるだろう。その隙に、彼らの稼ぎをかすめ取ることができるかもしれない。そう思えば、この提案は悪くないと思える。


 凶悪な笑みを浮かべるデストに、アシュレイも笑顔で応じる。やはり、どこか似ている二人だった。


「んじゃ、準備ができたら――」

「待ってください!」


 デストが打ち合わせ終了の言葉を告げようとしたとき、不意に部屋のドアが開いた。飛び込んできた人影にはアシュレイも見覚えがある。以前、この拠点で出会った駆け出しディガーのブロンだ。そのときは包帯だらけの痛ましい姿だったが、それらは全て取れている。ある程度は回復しているらしい。


「お前か。これから探索に出る。話ならあとにしろ」

「いいえ、その探索についての話ですから! お願いです、俺も連れて行ってください!」


 まずは挨拶でもと、アシュレイはかけていた椅子から腰を浮かせた。だが、デストとブロンで言い合いが始まってしまいタイミングを逃し、声をかけそびれてしまう。何となく、座り直すのもはばられて中腰のままでいると、不意にブロンの視線がこちらを向いた。


「余所者にばかり活躍されるわけにはいきませんから!」


 ブロンの鋭い視線が突き刺さる。


 前回合ったときには好意的な態度だったにもかかわらず、今回はいやに敵対的だ。何か気に障ることでもしただろうか。振り返ってみるが、アシュレイにはこれといった心当たりはなかった。


 本人の言葉から推測するなら、原因はライバル心だろうか。彼は焦っているのかもしれない。自分たちが負傷休養している間に、外部の人間が成果を上げていることに。


 少々面倒くさいことになるかもしれない。そう思いつつ、デストの様子を窺うと、彼の方も苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「怪我はどうした? 新しい狩り場を開拓するんだ。怪我人は連れて行けんぞ」

「治りました! 足手まといにはなりません!」


 食い気味に答えるブロン。デストは睨み付けるように彼を見たが、少しも引き下がる様子がないと知り、大きく息を吐く。


「わかった。お前も連れていく。だが、無理はするなよ」

「問題ありません! そいつより活躍してみせます! では!」


 ブロンはデストに頭を下げ、アシュレイをひと睨みしてから、部屋に乱入してきたときのような勢いで去って行った。


 彼を見送ったあと、はぁと漏れたため息が二つ。思わぬシンクロに、デストとアシュレイはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。

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