40. デストの野望

 とある一室で、酒盛りをする男女がいた。一人はデスト。もう一人はカーティアである。彼らは最近の稼ぎの多さに上機嫌だった。


「へへへ、今日の上がりもなかなかだ。あのアシュレイってのはなかなか使えるな!」

「そうね。ガキどもはすぐに怪我して休ませなきゃなんないけど、アイツはすばしっこいものね」

「犬耳のガキもタフだからなぁ。怪我してもすぐにケロッとしてやがる。気味は悪いが使えるもんは使わねぇとな」


 デストには野望がある。彼は力を欲していた。服従を強いられても、それをはね除けることができるほどの力を。さらには、何者をも屈服をさせられるほどの力を。暴力、財力、権力。どんな力でも良い。この理不尽な現状を、世界を変えられるというのならば手段は問わない。


 いつだって、彼は支配される側の人間だった。都合良く使われるだけの存在。支配者に気に入られるためにどれだけ尽くそうと、何かトラブルがあればその責任を追わされる。挙げ句の果てに辿り着いた先がザインゲヘナだ。


 ここでは、支配する側という立場は変わらない。だが、わかりやすい指標があった。それがディガーの階級だ。


 階級を上げたところで、ディガーはディガー。罪を背負わされ、償いを強要される奴隷のような存在であることに変わりはない。だが、その扱いは確実に変わる。


 ディガーが持ち帰る魔窟の産出物は地上世界には存在しない品だ。十把一絡げの駆け出しならともかく、上級ディガーともなれば、その人物にしか確保できない貴重な資源が存在する。それらに秘められた力は、人智を超えた現象をもたらすのだ。希有な魔窟資源を使って生み出された秘薬に若返りの効果があったという噂もあるほど。当然ながら、その価値は計り知れない。


 それらの資源は、ザインゲヘナの支配者たるラシュトー伯爵家にとっても非常に魅力的な戦略資源である。例えば、噂の若返りの秘薬もそうだ。直接的な武力に結びつかないが、それを対価とすることでいくらでも味方を作れる。伯爵家でありながら、王家すら凌ぐ権勢を誇っている現状は、それら資源のおかげであることは誰の目から見ても明らかだ。


 となれば、上級ディガーに対して粗雑な扱いはできない。伯爵家も独自の戦力を持っているはずだが、毎日のように魔窟で活動するディガーに比べれば、実力はともかく知識が劣る。彼らを軽んじてへそを曲げられるよりは、それなりの待遇で気持ちよく働かせたほうが効率が良いというわけだ。


 実際に、上級ディガーになれば、嗜好品の類を優先的に回してもらえると聞く。ノルマの厳しさは変わらないが、そもそもの稼ぎが違う。手元に残る資源を売りさばくだけで、生活には一切不自由しないほどの金になる。その暮らしぶりは、地上世界の大富豪にも勝るとも劣らない。


 それに、だ。ディガーは決してザインゲヘナから出られないと言われているが、果たして本当だろうか。


 影装との適合が進んだディガーの戦闘能力が極めて高い。姿形は同じでも、“人”という枠組みからは外れてしまっていると言っていい。仮に戦争に駆り出せば、一般兵など物の数ではなく、たちまち戦場を蹂躙してみせるだろう。個が群を上回るのはよほどの力の差がなければ不可能だが、影装はそれを可能にする潜在能力がある。


 そんな存在を、ただザインゲヘナに留めて置くだろうか。護衛に置けば、暗殺に怯える必要もない。戦場では敵なしの特級戦力だ。少なくともデストなら上手く利用するだろう。何らかの裏取引で、外部に出してもらえるのではないかと睨んでいる。


 仮にそんな事実がなかったとしても、自分は交渉する。金を積み、上層部と交渉できれば芽はあるはずだ。真実はともかく、デストはそう考えていた。


 野望の実現。そのために昇格する必要がある。それを為すのには、今よりももっと稼がなければ。


 駆け出しディガーと魔窟の罠を使って稼ぐシステムはデストの発案だ。目論見は上手くいき、チームでの発言力も上がっている。ボスは頭が良くないので、うまく転がせばチームはデストの言いなりだ。もっと規模を拡大すれば、蒼玉くらいまでは昇格できるかもしれない。上級ランクに至るには別の稼ぎを考える必要張るが……。


 なんにせよ、今のところは全てが順調だった。


「でも、どうするの? 犬っころの方は今月で昇格するわよ」


 しなだれかかりながらカーティアが懸念を口にする。その心配をデストは鼻で笑った。


「アイツはやめねえよ。うち以外じゃ、生きていけねぇって吹き込んであるからな。昇格も、適当に理由をつけてノルマのラインは越えさせなければいい」


 犬耳のガキ。得体の知れない存在だが、何かに使えると思って拾ったのはデストだ。拾ったのは数年前。その頃から、人とは違うお前に居場所はないと吹き込んである。実際、街のガキどもに気味悪がられたのを拾ったので、嘘とも言えない。世間を知らないネイリムスが縋るのは“剛腕爆砕”しかないのだ。


 上機嫌で語ってきかせたが、カーティアは呆れた様子で、鼻先に指を突きつけてきた。


「酔ってるの? そんなこと知ってるわよ。アタシだって一緒に“教育”してあげたんだからね」

「じゃあ、何を心配してるんだよ」

「アシュレイよ。犬っころ、妙にアイツには心を開いてるでしょ。もしかしてって……」


 そういわれてみれば、デストにも心当たりがある。普段は人見知りでまともに人と目を合わせられないネイリムスが、アシュレイとは普通に接している。いや、おどおどとはしているが、他の比べれば違いは一目瞭然だ。アシュレイの方もネイリムスを気にかけている様子がある。


「アイツ、一応、チーム所属でしょ。どうせ維持は無理だと思うけど、消滅前に犬っころを引き抜く可能性があると思わない?」

「……犬耳が応じるか?」

「アシュレイが知った上で受け入れているのだとしたら、どう?」

「……なるほど」


 気味悪い犬耳とはいえ、利用できるなら利用する。デスト当人がそうなのだから、他にもそうする者はいるだろう。それを受け入れられたと勘違いしたネイリムスが、移籍を決めたとしてもおかしくはない。


 デストは苦々しい顔で、カーティアの懸念を肯定する、


「そりゃあ上手くねぇな」

「でしょ。何か考えないと……」

「できりゃあ、アイツも駒として使いたいが……」


 アシュレイは優秀なディガーだ。それはデストも認めるところ。アシュレイがネイリムスに気を許しているならば、その手札を使って、どうにか引き込めないかと計算してみる。


 だが、確実な言えるほどの手は思いつかなかった。それも当然だ。両者の関係性がどういったものなのか、それすら把握できてはないのだから。


 とはいえ、デストは悩まなかった。アシュレイを引き込むのは、できれば嬉しいという程度。あくまで優先すべきはネイリムスの確保だ。必ずしも達成しなければならないわけでもなく、優先目標の障害になるならば切り捨てることも視野に入れる。


「ま、最悪死んでもらうことになるかもな」

「あんた……」

「どうした?」

「いや、何でもないわ」


 まるで道具を扱うような気軽さで呟く。しかし、何処か苦々しさが宿っていることに、当のデストは気づいていなかった。

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