39. 年少班の食事会
とある昼、アシュレイはネイリムスを尋ねた。“剛腕爆砕”は夜間の活動が主なため、今の時間、多くのチーム員は夢の世界の住人と化している。それでも拠点前には見張りらしき人員がいるが、合同探索者として大人しく働いているおかげか、アシュレイは顔パスだ。お疲れ様ですと笑顔で挨拶すると、胡散臭げな顔で頷かれるだけだったが。
「ネイ、起きてる?」
コンコンとドアをノックする。訪れたのはネイリムスの私室だ。
しばらく待っても反応がないので、もう一度ノックしてみる。直後にガタンと大きな音がした。少ししてドテドテと慌てたような足音が近づいて、ドアが開く。
「おはよう」
「ょ……」
吐息のような声が漏れたあと、ネイリムスがぺこぺこ頭を下げる。慌てて被ったのかフードがずれている……どころか何故か妙に膨らんでいた。
「ご、ごめん。ちょっと早かったかな?」
「……!」
そんなことはないというように、ネイリムスは首を横に振る。が、寝起きなのは明白だった。もこもこに膨らんだフードは、凄まじい寝癖によるものだろう。首を振る度にふよふよと揺れて、フードが外れそうになる。その下に隠されている物を知るアシュレイからすると、気が気ではない。
「待って。止まって! 頭が凄いことになってるから」
「……?」
「寝癖だよ。このままだとフードが取れそうだから、ちゃんと準備してきなよ。ゆっくりでいいからね」
「……!?」
自分の頭に手を伸ばしたネイが愕然とした表情になる。頭に手を当てたまま、数度大袈裟に頷いて部屋に引っ込んでいった。
ゆっくりでも良いと言ったが、ネイリムスは四半刻もかからず部屋を出てきた。手慣れたものなのか、荒ぶる寝癖も落ち着きを取り戻している。顔付きもいつもの無表情……なのだが、何となく取り繕っている雰囲気を感じ取って、アシュレイは小さく笑ってしまった。
「……!」
「や、何でもないよ。ごめんごめん。さあ、行こうか」
ネイの目が心なしか鋭くなった気がして、慌てて謝る。誤魔化すように出発を促した。
二人が向かったのは拠点から離れた食事処だ。連れられてきた形のネイだけでなく、アシュレイも入るのは始めてだった。恐る恐るドアを開くと、すぐに聞き覚えのある声が彼を呼んだ。
「おーい、こっちこっち!」
ブンブンと手を振るのはラッド。同じ席に年少班の他のメンバーも座っている。テーブルは六人掛けなので、アシュレイとネイが合流すると人数オーバーだが、二人とも小柄なので強引に押し込まれて座った。椅子は長椅子なので、どうにか座れなくはない。
「久しぶりね、アシュレイ君。それにネイちゃんも」
「……っ」
メリアの挨拶に、ネイがフードの端を掴んで小さく頷く。アシュレイには慣れてきたが、基本的に人見知りの少女だ。大きな声が出せないことを含めて、予め伝えてあるので、メリアも他のメンバーも気にした様子はない。
「久しぶりって、まだ一週間だけどね」
「あら、それでもだいぶ心配したのよ」
「それは……ごめんね?」
メリアの抗議するような目に、アシュレイは少し目を伏せはにかんだ。申し訳ない気持ちはあるが、心配されて嬉しい気持ちが強い。
「思ったよりも元気そうだなー」
「怪我もなさそうだ」
「俺はアシュレイなら大丈夫だと思ったけどな」
「……ひとまず安心」
「うん。今のところ、上手くやれてるかな」
マルク、ルド、ラッド、ウーノからも順に声をかけられて、アシュレイは笑顔で返事をする。
“剛腕爆砕”は彼らからすると、敵対チームだ。どちらかといえば、“無敵モグラ団”の方が敵視していると言ってもいい。関係のない悪評をなすりつけられているので、当然の怒りではあるが。
直接的な争いはないが、両者の関係は険悪だ。“剛腕爆砕”に合同探索を持ちかけたとなれば、“無敵モグラ団”との関係が悪化しかねない。それを望まないアシュレイは、予めラッドたちには伝えておいたのだ。
無論反対はされた。だが、アシュレイは“友達のことが心配だから”と説得したのだ。ネイリムスのことが気になっていたのは事実なので、嘘ではない。ただ、理由がひとつではないというだけの話だ。
ネイリムスのことは彼ら、特にメリアも気にかけていた。そのおかげで、最終的には“それならば仕方がない”と送り出してもらえたのだ。
その代わりと言っては何だが、定期的な連絡を約束させられた。この食事会は、その一環である。ノルマが気になるアシュレイとしては少しだけ懐に痛いが、皆を心配させている自覚があるだけに許容すべき出費だと判断した。
それにアシュレイとて、気の良い友人たちとお喋りしながら食事するのは楽しい。たまのご褒美として、こういうことがあっても良いのではと最近では考えるようになった。
怪我もなく元気で過ごしていると知って、メリアたちも安心したようだ。ラッドたちの冗談ともつかない馬鹿話や、メリアの愚痴を聞きながら過ごす時間は賑やかで楽しい。当初は縮こまっていたネイリムスも緊張がほぐれていったようだ。あいかわらず表情の動きは少ないが、頷いたり首を傾げたりと、小さいながらも反応を示すようになった。少しは打ち解けてきたらしい。
「それで、そっちはどんな感じなの?」
食事が概ね終わったタイミングで、メリアが切り出した。今まで話題に出さなかったのは、面白くない話になるとわかっていたからだろう。アシュレイもそう思って、詳しい話は後回しにしたのだ。
ラッドたちに隠す必要はないので、水晶級ディガーの待遇を含めて、洗いざらい説明していく。話を聞くうちに、彼らの表情から険しさが抜け、冴えない困り顔へと変わった。
「なるほど、ね。思ったよりは真っ当……なのかしら」
「少なくとも、アシュレイとネイリムスはちゃんと稼げてるみたいだしなぁ」
想像していたほどの非道さはなく、しかもそのシステムで上手く稼ぎを得ている二人が目の前にいる。そのせいで、メリアもラッドも強くは批判できない。
そもそも“剛腕爆砕”は駆け出しディガーたちに何ら強制はしていないのだ。危険な作業を魅力的で割の良い仕事のように見せかけて、駆け出しディガーたちがチームから離れないように誘導しているが、最終的に採掘作業に参加すると決断したのは、彼ら自身である。そのせいで、外部から介入するのは非常に難しい。
「でも、そういうことならネイちゃんは心配なさそうね」
「そうだね。去る者追わずって感じだから大丈夫だとは思うけど。今月で昇格の予定みたいだし」
「あら、そうなの? それなら、うちに来るといいわよ」
メリアがニコリと微笑む。笑顔を向けられたネイリムスは、びくりと肩を揺らすと、フードの端を掴んで俯いてしまった。
「あ、あら?」
「メリアの笑顔は圧が強いからなぁ」
「何か言ったかしら?」
「……いえ」
余計なことを言ったマルクがメリアに睨まれている。それで話が流れたと思ったのか、ネイリムスはほっとした様子だった。
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