38. 終わってみれば
「はぁ……しんどかった」
アシュレイは影装を維持したまま、座り込む。結果を見れば、彼が負ったのは軽い裂傷だけ。すでに血は止まっており、すぐに傷跡も消える程度の怪我だ。
しかし、余裕があるとはとても言えない。予めわかっていたことだが、凶爪兎の俊敏さは駆けだしディガーには厳しすぎる。アシュレイだからこそ対応できたものの、それでも一つ間違えれば大怪我は必至。まさにギリギリの戦いだった。
ベテラン組の対応は思ったよりも悪くない。少なくともアシュレイやネイリムスを救おうという意志は感じられた。意味もなく捨て駒にされるということはないらしい。
とはいえ、採掘担当者のリスクが大きすぎることには変わりないが。駆けだしディガーが軒並み負傷中だというのも納得できる。無意味に捨てられはしないが、都合良く使われる駒には違いない。アシュレイの所感では“新しく調達するのも面倒なのでそこそこ大事に使っている”といったところだ。
「そうだ、ネイ!」
直前腕を切りつけられていた。血が噴き出すほどだ。かなり深い傷を負ったに違いない。
ネイリムスは勢いよく近づいてきたアシュレイに驚いたようだった。しかし、理由は察しているらしく、ペコペコと頭を下げたあと、腕を掲げてみせた。そこにあるはずの傷はない。
「え、もう治った?」
驚くアシュレイに、ネイリムスは両腕で力こぶを作るポーズをしてみせた。その顔は少し得意げである。力こぶはほとんどないも同然だったが、おそらくはタフさをアピールしているのだろう。少なくとも怪我の影響はなさそうだ。
「そいつは怪我の治りが異常に早いんだ。心配はいらん」
デストが縄梯子で降りてくる。迎撃が上手く行ったからか、機嫌が良さそうだった。
「お前もよくやったな。兎が四匹出たときはヒヤリとしたが、心配はいらなかったみたいだな」
「いえ、結構ギリギリでした」
「そうか? まぁ、安心しろよ。兎は数が少ないんだ。大抵は同時に出ても二匹。今回は二つのグループが合流したのかもな」
「そうですか……」
二グループが合流するなら、それ以上の合流があったとしてもおかしくはない。まったく安心できなかったが、あえて指摘はしなかった。魔窟を潜る以上、予期せぬ危険はつきものである。ごく僅かな可能性まで
「ま、お前にとっては運が悪かったかもしれないが、俺にとっては運が良かったぜ。ネイリムス一人なら荷が重かったろうしな。この調子で頼むぜ!」
デストの目的は、矢と投げ斧の回収だったようだ。それが済むと、さっさと上に戻っていった。心配して声をかけてくれはするが、他に人員を回してくれるつもりはないらしい。
釈然としない気持ちもある。が、実際に戦ってみたところ、この配置は思ったほど悪くない。要は速攻殲滅陣形なのだ。攻撃能力が高い人員を安全圏において攻撃に専念させることで敵の撃破効率を高める。それが結果として被害減にも繋がるわけだ。
もちろん、改善点はある。攻撃偏重が過ぎるので、もう少し防御に重点を置く……具体的に言えば、ゲスタとナジル、せめてどちらか一人が下層での迎撃に加わればバランスが良くなるはずだ。
これまでの戦闘を見る限り、攻撃の要となるのはデストかカーティアである。ゲスタとナジルの遠隔攻撃能力はあまり高いとは言えない。基本的には、近接攻撃を得意とするディガーなのだろう。上層の護衛に一人残すとしても、もう一人は下層に配置しても問題はない……どころか戦闘効率はかえってよくなると思われる。
とはいえ、そんなことはアシュレイが指摘するまでもないだろう。わかっていてやっているのだとしたら、何を言ったところで無駄だ。
それから、アシュレイとネイリムスは少し休憩したあと、採掘作業を再開した。部屋の移動をしないわりに、魔物の襲撃が多い。どうやら、ツルハシの音が周囲の魔物を引き寄せているらしい。そのたびに何度も作業を中断することになるが、いずれもベテラン組によって難なく撃退された。デストの言うとおり、凶爪兎四匹との遭遇は滅多にない非常事態だったようだ。
慣れない環境に、格上の魔物。しばらくは、警戒と緊張で慎重になっていたアシュレイも、あまりにも撃退がスムーズに進むので次第に慣れてきた。
「おい、魔物だ!」
「何が来てます?」
「アシッドスネイルが3匹だ」
アシッドスネイルは大型犬ほどのもある巨大カタツムリだ。最大の武器は、金属さえ溶かす強酸。近接攻撃は愚の骨頂、だが動きが遅いので遠隔攻撃の良い的である。つまり、デスト班の攻撃スタイルとは相性が良い。
「了解です。警戒しながら採掘を続けます」
「は? いや、敵が来てるんだぞ?」
デストが間の抜けた声で聞き返す。もちろん、アシュレイも状況は理解している。その上で、問題ないと判断した。
「でも、カーティアさんがいれば僕らのところに来るまでに焼き払えますよね」
「当たり前よ、わかってるじゃない」
「それなら問題ないですよ」
「いや、そりゃそうなんだが……肝が据わってるヤツだなぁ」
デストの呆れた声を聞きながら、アシュレイは採掘を続ける。もちろん、警戒を怠るつもりはない。だが、ほとんど危険がない状況ならわざわざ手を止める理由もなかった。一応、歩合制なので、採掘量が増えれば、アシュレイの稼ぎも増えるのだ。稼げるチャンスは無駄にしてはならない。
アシュレイが採掘を続けると、手を止めていたネイリムスまでも採掘を再開した。以後もそんなことを続けていたので、採掘は極めて順調に進み、数日を予定していた作業が一日で終わってしまった。
「はははは! お前、面白いヤツだな!」
「ホントだぜ! なぁ、うちに来いよ。もっと稼がせてやるぜ?」
そのせいか、ゲスタとナジルに気に入られたらしい。探索終わりに、背中をバシバシ叩かれながら勧誘をされる。
「おいおい、余所のチームを引き抜くな。面倒なことになるからな。もちろん、自主的に来てくれるってんなら歓迎するけどな」
デストにもそう言われてしまう始末。
「いえ、あくまで合同探索でお願いします……」
そう返すも、アシュレイの心境は複雑だ。
彼の目的は、ウォッチバードの監視の目を誤魔化しつつ稼ぐこと。巻きこんでもあまり心が痛まないように、素行の悪いチームとの合同探索中にそれをやるつもりだった。“無敵モグラ団”と違って“剛腕爆砕”には間違いなく悪辣な部分がある。だが、想定していたほどではないし、こうも気に入られるとやりにくくて仕方がない。なんでこうなったんだろうと、アシュレイは首を傾げるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます