35. 意外な待遇

 ネイリムスとは一旦別れ、改めて応接室のような部屋に案内される。


「じゃあ……まずは名乗っておくか。俺はデスト。一応、“剛腕爆砕”で一隊を預かってるもんだ。駆け出し連中の面倒は俺が見てるから、水晶級のお前が合流するなら俺のとこになるな」


 この発言に、アシュレイは少し驚く。門の前で見張りの真似事をしていた男が、チーム内でそこそこの地位にあるとは思っていなかったのだ。しかし、それならば話は早い。デストとの話がまとまれば、合同探索は叶うだろう。


「アシュレイです。“地底の綺羅星”所属です」

「待て、“地底の綺羅星”だと。まだ残ってたのか?」

「え、はい。僕一人ですけど」

「あぁ、一人残された見習いっていうのはお前か」


 納得したように頷くデスト。その反応に、アシュレイはまた驚く。


 まさか、“地底の綺羅星”のことを知られているとは思っていなかった。ましてや、そこに残された見習いがいるということまで把握されているとは。アシュレイが思っている以上にチームの名が知られているようだ。


 そこからの流れはスムーズだった。最初からそんな感じはしていたが、デストは合同探索の提案を積極的に受け入れようとしている。これはアシュレイとしては意外だった。後ろ暗いことをしているなら、外部の人間を引き入れるのは避けたいと考えるのではないかと思ったのだ。合同探索ではなく移籍を提案されるかもしれないと予想していたが、それすらなく話はトントン拍子に進んだ 


「じゃあ、流れを説明するぞ」

「お願いします」


 合同探索が決まり、デストから探索の流れについて説明を受ける。その内容は概ねアシュレイの予想通りと言って良かった。すなわち、駆け出しディガーに下層の採掘作業を担当させるというやり方だ。合同探索ではアシュレイも、この採掘作業に加わることになる。


「結構な危険はある。だが、見返りも大きいぞ」

「……確かにそうですね」


 意外だったのは、その待遇だ。


 たしかに危険は大きい。だが、デストは採掘担当のディガーにも相応の報酬を約束している。もちろん、採掘で得られる稼ぎに比べれば微々たるものなのだろう。それでもごく一般的な水晶級のディガーにとっては破格だった。アシュレイにとっても悪くない数字だ。なにせ、ラッドたちとの合同探索の稼ぎと比べても平均を上回っている。


「まぁ、わりに合わんと思ったら、断っても構わんぞ。判断はお前に任せる」


 その上、これだ。デストは決して強制はしていない。最終的に決断するのは、駆け出しディガー自身なのだ。言葉巧みに誘導しているという点は悪辣だが、強く批判できるほどではない。


 これでは行政府が動くはずもなかった。もともと、衛兵たちのような一部を除けば、有象無象のディガーがどうなろうと構わないと思っている組織だ。このやり方で大きな儲けが出るのなら、万々歳。無闇に使い潰すならばともかく、多少負傷者が出るくらいなら気にもしないだろう。


 他のチームにしても、介入はしづらい。目に余る虐待行為などがあるならともかく、そうではない。あくまで双方合意のもと、ハイリスクハイリターンの探索をやっているだけだ。酷使される駆け出したちに思うところはあっても、介入できるほどの口実にはならない。


 アシュレイとしても思うところはあれど、積極的にどうこうするつもりはない。というよりも、できない。彼自身駆け出しに過ぎない上、大きなノルマを抱えている身だ。見知らぬ他人のために、奔走するほどの余裕はないのだ。


 あくまで強制はしないというスタンスならば、辞めることはいつでもできそうだ。そのことには少しほっとした。自分もそうだが、危険が大きそうならネイリムスにも脱退を勧めることができる。


「稼げるのはこちらとしてもありがたいです。是非、共同探索をお願いしたいと思います」

「そうか。それなら、良かったぜ。早速、今日から潜れるか? まぁ、明日からでもいいが」

「いえ、今日からで大丈夫です。よろしくお願いします」

「おう」


 帰りの案内はないようなので、アシュレイは一人応接室を出た。ふぅと息を吐いたところで、服の袖を引かれる。何かと思えば、ネイリムスだった。


「もしかして、待っててくれたの? ごめんね、いきなりで。驚いたでしょ」


 ネイリムスが何度も頷いて、両手を大きく開いた。どうやら、“たくさん驚いた”と言いたいらしい。あいかわらず表情の動きは小さいのに、動作は過剰だ。思わず笑うと、ネイリムスは不思議そうに首を傾げた。


「ちょうどいいや。今日から一緒に探索することになったんだ。デストさんから話は聞いたけど、もう少し詳しく話を聞かせてもらってもいいかな?」

「……!」


 さらに何度も頷いたネイリムスが、腕をぐいぐい引っ張ってくる。何処かに案内してくれるのだと気づいたアシュレイは逆らわず進んだ……のだが――


「あ、ネイ」

「!?」


 後ろ向きで腕を引っ張っていたネイリムスが、廊下の曲がり角から出てきた人影とぶつかってしまった。体の軽いネイリムスはその衝撃でころんと転がってしまう。その勢いでフードが外れかけていたので、一応、目を逸らす。おそらく、犬耳は秘密にしているはずなので。


 視線を外した先に立っているのは、大柄な男性だった。しかし、衝突の勢いで彼も転んでいる。ネイリムスとは体格差があるので当たり負けしたわけではない。おそらくは、怪我のせいで踏ん張りがきかなかったのだろう。彼は腕や脚に包帯を巻いていた。


「いつつつっ……」


 顔を歪めながら男性が立ち上がる。顔立ちはまだ若い。といっても、アシュレイよりはかなり上だ。おそらくはラッドよりも上だろう。


「何だ、ちびっ子か。それと……別のちびがもう一人?」

「あ、どうも。僕はアシュレイです。今日からデストさんの班と一緒に探索することになりました」

「お、なんだ、新入りか? 俺はブロンだ。よろしくな!」

「よろしくお願いします。新入りとはちょっと違うんですけど……」


 アシュレイが軽く事情を説明する。話を聞いたブロンは合同探索というスタイルに首を傾げた。駆け出しディガーが単独で他のチームと合同探索することなど普通はないので当然の反応だ。チームの構成員が水晶級一人だとは想像もつかないだろう。


 ブロンとは少し話して別れた。まだ本調子ではなく、立ったまま話すのは辛いらしい。その背中を見送ってアシュレイは呟く。


「うーん。あんな怪我をしても、ここを離れようとしないんだね」


 ブロンに現状を悲観する様子はなかった。それどころか言葉の端々にデストへの尊敬らしき感情が見えて、ますます首をひねってしまう。思った以上にデストは上手くやっているらしい。


 そのあと、ネイリムスに案内されたのは彼女の私室だった。小さめの部屋だが、私物がほとんどないので広く感じる。アシュレイをベッドの端に座らせると、ネイリムスは腕を組んでその正面に立った。


「ええと……話を聞かせてくれるってことでいいのかな?」


 アシュレイが尋ねると、珍しくネイリムスの口の端がニヤリと上がる。心なしか鼻息も荒く、何やら張り切っているらしい。


 そうして始まったネイリムス先生の“剛腕爆砕”講座は、ジェスチャが多めで意図を読み取るのが困難だった。新たに得られた情報はほとんどない。それでも、二人の仲が少しだけ深まったので無駄ではなかった……はずだ。

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