34. よく似た笑顔

「ここがそうなのか。何というか……意外と普通だね」


 アシュレイが見上げているのは、ザインゲヘナでは一般的な建物だ。石と木材で作られていて、基本的にはアビスの外とほとんど変わらない。


 ここは“剛腕爆砕”の拠点である。“地底の綺羅星”のそれと比べると大きいが、飛び抜けてというほどではない。普通の範疇にとどまる規模だろう。何となく、悪党のアジトというイメージを持っていたアシュレイとしては拍子抜けだった。


 アビスの外では、ちょうど太陽が一番高い場所に登った頃だろうか。昼間の活動を主とするディガーならば、魔窟に潜っている時間帯だ。だが、昼夜が曖昧なザインゲヘナではディガーの活動時間も様々。“剛腕爆砕”は夜間に活動するチームなので、今はほとんどが拠点に戻っていた。


「何だ、お前は?」


 拠点を見上げるアシュレイを見咎めたのは、入り口のそばで座り込んでいた男だ。どこか見覚えがある。記憶をさらって、気がついた。以前、“陥穽の洞穴”で遭遇した男だ。もっとも、向こうはアシュレイを覚えていないようだが。


「僕は水晶級のディガーです。今日は合同探索の相談に来ました」

「へぇ? 合同探索ねぇ」


 訝しげに見てくる男に、アシュレイはニッコリと微笑む。特にアポを取っていないが、“剛腕爆砕”が噂通り新人を使い潰すような集団ならば、きっと望むような展開になるはずだ。


 アシュレイがディガーになって一ヶ月が経過した。基本的には“無敵モグラ団”の年少班と一緒に探索し、時々生じる休養期間には単独で魔窟に潜り続け、貢献点となる心臓石や採掘物を稼ぐ日々。その結果、アシュレイの稼ぎは――チームノルマに届かなかった。


 もともと無理があるのだ。チームノルマは黄玉級以上のディガーが複数人で分担することを想定して設定されている。それを最下位の水晶級一人で納めようというのだから達成できなくて当然だった。


 仲間に恵まれ、瑠璃級の魔窟で安定的に稼いだにも関わらず、得られたのはチームノルマの三割程度。残り七割はチーム倉庫に蓄えられた心臓石を納めることでしのいだが、その蓄えも遠からず底をつく。


 やはり、厳しい。特に個人ノルマ達成後も六割を引かれるのが痛すぎる。残りの四割でノルマを達成すると言うことは実質的に2.5倍は稼がねばならない計算だ。


 ならばどうするか。徴収される六割分をどうにか回避したい。当然ながら、真っ当な方法では無理だ。ウォッチバードの監視の目を掻い潜り、魔窟資源を持ち帰る必要がある。


 そうした場合、獲得した資源を個人ノルマとして納品すると行政府に申告漏れがバレる。獲得した記録のない成果物を納めるのだから、疑いの目を向けられることは避けられない。


 だが、チームノルマとして納めることは、おそらく可能。何故なら、多くの場合、チームの共有資産から支払われるからだ。獲得した資源をチーム倉庫に眠っている資産に紛れさせてしまえば行政府の目を誤魔化すことはできるはず。ディガーの数に対して、行政府の役人の数は不足している。月々の稼ぎをチェックするだけで精一杯で、過去に遡って各チームの蓄えを把握することまで手が回らない。


 幸いなことに“地底の綺羅星”はザインゲヘナでも歴史あるチームである。倉庫にどんな資源が眠っていたとしても、おかしくはない。


 と、ここまではアシュレイの推測である。分が悪い賭けだとは思っていないが、結果はやってみるまでわからない。気づかれれば間違いなく懲罰チーム送りだ。ラッドたちを巻きこむわけにもいかないので、最初の一ヶ月は不正には手を出さなかった。


 だが、無敵モグラ団との合同探索期間も終わった。期間の延長も打診されたが、それを断ってここに来ている。剛腕爆砕の悪名は本物らしいので、巻きこんでしまっても胸が痛まないというわけだ。


「まぁ、いいか。話を聞こう。稼ぎたいなら、うちと組むのは悪くないぜ」


 値踏みし終えたのか、男はニヤリと胡散臭い笑みを浮かべて、アシュレイを拠点へと誘った。ひとまず、お眼鏡にかなったようだ。この場合、カモだと思われることと同義だが、思惑通りなので何も問題はない。


 そのまま案内される途中で、知った顔を見かけ、咄嗟に声をかける。


「あっ、ネイ!」

「……!?」


 目を丸くして、フードの少女が大袈裟に仰け反る。表情はあまり変わらないが、わたわたと忙しなく動く両手が、彼女の動揺を示していた。


 今日ここに来ることはネイリムスには知らせていない。というよりも、“陥穽の洞穴”で擦れ違ったあとに、出会えていなかった。彼女にとっては、青天の霹靂といったところだろう。


 アシュレイとネイリムスのやり取りに、男が首をひねる。


「なんだ、知り合いか?」

「以前に少し。そのときに彼女がここのチームに所属していることを聞いたんです。合同探索をするなら、知り合いがいた方がいいかなと思いまして」

「なるほどなぁ。悪くない考えだと思うぜ」


 男がまたニヤリと笑った。アシュレイも微笑み返す。二人の顔は全く似ていないはずなのだが、不思議と笑顔はよく似ていた。

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