33. 根こそぎ
説得の甲斐あって、アシュレイが下層を確かめることになった。ロープはできれば何処かに括り付けたいところだが、都合の良い場所がないので、ルドの腰に巻き付けておく。それをさらにラッド、ウーノ、マルクで引っ張る形だ。小柄なアシュレイの体重くらい余裕で支えられる。
アシュレイはロープを伝ってスルスルと下に降りた。蒼光石が少ないのか、上よりもかなり暗い。
「どうだ?」
「すぐ下には何もないよ。少し探してみる!」
上から降ってくるマルクの声に返事をして、アシュレイは周囲の様子を窺った。幸いにして、置き去りにされた新人ディガーはいなかった。それならば、せっかくの機会だ。もう少し調査したい。
降りた先も上と同じような小部屋になっている。下層まで潜るディガーは稀なので、採掘できそうな素材があちこちに残っていそうなものだが、それらしきものが残されていなかった。まるで、根こそぎ持っていかれたように。
実際にそうなのだろう。罠を利用して、比較的安全に下層の採取物を手に入れる方法はアシュレイも考えたことがある。“剛腕爆砕”が同じことをしたとしても不思議ではない。
「ん?」
取り忘れなのか、影源石の欠片が落ちていた。小さいが、下層の採掘物だけあって、色は心なしか濃い気がする。アシュレイはそれを拾って、こっそりとポケットに入れた。
「おい、アシュレイ! 大丈夫なのか?」
上層からラッドの声が降ってくる。少し時間をかけ過ぎたかもしれない。
「今、戻るよ」
垂れ下がったロープに掴まり、腕の力だけで登っていく。影装を具現化せずとも、この程度のことなら難しくはない。
「ただいま」
「ぴぴ」
「やっぱり、頭に止まるんだ」
「ぴぃ」
上まで辿り着くと、すぐさまウォッチバードが飛んできて、アシュレイの頭に止まった。下層に降りるときには邪魔になると言って遠ざけていたのだが、戻ってくればこの通りだ。どうしてその場所が気に入ってしまったのか。
「おう。どうだった?」
ルドが聞いてくる。軽い感じなのは、アシュレイが慌てていないからだろう。頷いて、ディガーが置き去りにされているようなことはなかったと告げる。少し緊張した様子だったメリアはほっと息を吐いた。
「そう。さすがのアイツらも、そこまで落ちてはいないってことかしら」
「落とし穴だけにな!」
「いや、落とし穴なら落ちてるんじゃないのか?」
「うるさいわよ!」
マルクのずれたボケにルドが突っ込んで、最後は二人まとめてメリアに叱られている。そのやり取りを笑ってから、アシュレイは言い残した言葉を告げる。
「ただ、下の階層の採取物は持っていかれてたね。たぶん、そのためにわざと落とし穴にひっかかったんじゃないかな」
アシュレイの言葉に対する反応は二つ。意外に賢いなという反応と、馬鹿じゃないのかという反応だ。前者がラッドとマルク、後者がメリアだ。ルドとウーノは前者寄りだが、奥歯に物が挟まったように曖昧な反応である。おそらく“剛腕爆砕”を褒めたくはないがゆえの態度だろう。
「わざわざ奥まで行かなくていいなら、効率的じゃないか?」
「危険よ。上でロープを守る人員も必要なのよ。場合によっては少ない人数で下層の魔物と戦う可能性があるわ」
「うん。まぁ、そうか……」
ラッドが、メリアに言い負かされている。基本的にチームの頭脳労働は彼女が担当しているので、ラッドたちでは相手にならない。
「……アシュレイはどうだ?」
苦し紛れか、ウーノが話を振ってきた。全員の視線がアシュレイに集まる。
「そうだね。下層の魔物に対処できるなら悪くはないと思うよ。でも、メリアが気にしてるのは、あの噂のことだよね。新人を囮にしてるってヤツ」
「「「ああ……」」」
メリアは頷き、ラッドたちも苦い顔をした。危険を伴う下層での採取作業だ。“剛腕爆砕”なら、下っ端に無理矢理やらせてもおかしくはないというのが共通認識である。無論、実態はわからないのだが。
「じゃあ、さっきのちびっ子も?」
ラッドが気遣わしげな顔でネイの話題を出す。さっき擦れ違ったとき、一番の下っ端は誰かと言えば間違いなく彼女だ。もしかしたら、とアシュレイも思ったが証拠はない。代わりに首を振った。
「わからないよ。そもそも危険があるとも限らないし。もしかしたら、ここの下は魔物が出ない特別な部屋なのかもしれないよ。少なくとも、今は魔物がいなかった」
結局のところ、ここにいても推測しかできないのだ。
「機会があったら、ネイに聞いてみるよ。まぁ、会えるかどうかはわからないけど」
「もし、事実だったら相談して。団長に相談してみるわ」
「うん。ありがとう」
メリアの提案に礼を言う。
実際の所、よそのチームについて口出しするのはなかなか難しいだろう。特に、ある程度稼ぎを出しているというならなおさらだ。それでも、力になってくれる存在はありがたい。
「報告すべきことは以上かな」
少し緊張しながら、アシュレイは告げる。ラッドたちは頷くだけで、大きな反応はない。ウォッチバードも同じだ。アシュレイの頭上で大人しくしている。
「じゃあ、探索を再開するってことでいいかな?」
「いいんじゃねぇ? まだそこまで疲れてはないし」
「そうだな」
そのまま、アシュレイたちは探索を続けた。切り上げたのはおよそ一刻後。魔窟の出入り口である黒い靄にある部屋に戻ってきたタイミングで、アシュレイは小さく声を上げた。
「あっ! そういえば、影源石を拾ったんだった。欠片だけど」
「ぴぃ!」
紫の結晶をポケットから取り出すと、背後から飛んできたウォッチバードが飛んでくる。早く見せろと飛び回るので、素直に手のひらにおいて見せた。
「お、得したなー」
「ほんのちょっとね」
マルクに答えつつ、アシュレイはウォッチバードの様子を観察した。この反応からすると、アシュレイが隠し持っていた影源石には気づいていなかったようだ。
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