32. 考えることは同じ

 メリアは申告通り、罠の位置を正確に把握していた。情報は簡易地図に書き込まれているというので見せてもらったが、アシュレイにはさっぱりだ。まるで暗号化されているかのように読めないのだ。実際には単に字が汚く、大雑把でわかりにくいだけらしい。


「これ、書き直した方がいいんじゃない?」

「私にはわかるし、ある意味ではお手軽な暗号みたいなものだと思えばいいかなって……」


 メリアが言葉を濁しつつ、答える。暗号だと思っているのは、アシュレイだけではないようだ。


「それ、モウスさんが書いたんだよ。メリアにとっては師匠だから」

「そ、そうなんだ……」


 ラッドから理由を聞かされると、彼女の気まずげな表情にも納得がいった。アシュレイとしても意外である。頼り甲斐のあるベテランディガーにも、欠点はあるらしい。


「見た目じゃ全然わからないよな」


 ルドが少し先の床を見て言った。メリアから大きめの落とし穴があると警告された場所である。アシュレイの目から見ても、床に怪しいところは見当たらない。せめて、ひび割れでもあれば警戒もできるのだが。


「石でも投げて、先に発動させておくってことはできないのか? 見た目じゃわからないから、戦闘中にうっかり踏みそうで怖いんだよな」

「小石程度じゃ無理なのよね。ほら」


 マルクの意見を受けて、メリアが小石を投げて見せる。コツンとぶつかった床に変化はない。ほらね、とメリアが肩を竦めた。


「ホントだね。……どんなものか見ておきたいな。ねぇ、ちょっと踏んでみてもいい?」


 今のところ、一度も落とし穴にはまることなくここまで来ている。アシュレイとしては、崩れ方を見ておきたいところだ。妙な要請に、メリアは困ったような表情を見せる。


「見ておくことも必要……なのかしら? ここは下の階層に落ちるわけじゃないから、まぁ……」


 賛成とはいかずとも、反対はされなかった。気が変わらないうちにと、アシュレイはさっそく試してみることにする。


「小石の手前くらいから崩れるわよ。くれぐれも注意してね。バランスを崩したら危ないわ」

「わかった」


 メリアの言葉に従って、慎重に足を進める。目印となった小石のそばに右足を軽く置いてみる……が床に変化はない。が、体重を乗せると足裏に違和感があった。咄嗟に身を低くし、転がるように後退する。ほぼ同時に、ガララと音を立て床が崩れた。思ったよりも崩れ落ちるのが早い。


「「「おぉ!」」」


 アシュレイはヒヤリとしたが、仲間たちの反応は感心したといった様子だ。笑顔のラッドが手を差し伸べてきた。


「さすが! よく避けれるもんだなぁ」


 その手を取りながら、アシュレイは苦笑いを浮かべる。


「罠があるってわかってたからだよ。じゃないと無理だね。うっかり踏んだらどうしようもないよ、これ」


 アシュレイの〈曲芸師〉は、身軽さが特徴の影装だ。その反応速度があれば、罠を踏んでも瞬発力で回避できるかもしれないと考えていた。


 しかし、実際に体験してみると難しいとわかる。あれは床が抜けるのに近い。体重をかけると一気に来るので、崩れたと思った瞬間に反応しなければ真っ逆さまだ。予め罠があるとわかっていなければ、今の崩落も逃れることはできなかっただろう。


 なるほどね、とアシュレイは思案する。踏めば落下は逃れられない。上手く踏めさえすれば、疑われることなく下層に――――いや、今、考えることではないか。


「うん、落とし穴の危険性についてはよくわかったよ。これって、どのくらいこのままなの?」

「誰もいなかったら、数刻で戻るらしいわよ」


 魔物や採掘資源と同じく、魔窟の床はいつの間にか修復される。これまでのところ、床が落ちたような場所はなかった。


「ってことは、“剛腕爆砕”も罠の位置を把握しているってことかな」

「そうでしょうね」


 メリアが不機嫌そうな顔で頷く。敵対的なチームが自分たちと同等の情報を持っていることが面白くないらしい。


 しかし、その推測が正しかったのかどうか。少し先の小部屋で、床が崩落した場所が見つかった。


「落とし穴だな。“剛腕爆砕”のヤツらがひっかかったのか?」

「他に擦れ違ったディガーはいないし、そうだと思うけど……」


 マルクの言葉に、メリアが頷く。だが、よりにもよって、何故ここがという表情だ。ここは下層に落ちる穴。準備もなく誤って落ちてしまえば非常に危険だ。


 そのとき、アシュレイたちの頭に過ったのは“剛腕爆砕”の悪評。新人を使い潰しているという噂の一つに、先行させて罠の有無を確かめさせるというものがあった。もし、そんなことがここで行われていたとしたら。


「……どうする?」

「声をかけてみるか。おーい、誰かいるかー!」


 ルドの問いかけに、ラッドが動いた。穴に向かって大声で呼びかける。魔物を呼び寄せる恐れがあるので魔窟では避けるべき行為だが、誰も咎めなかった。もしも、下に誰かが取り残されていたとしたら、ことだ。


 幸いと言うべきか、返事はなかった。とはいえ、気絶している可能性もある。


「ロープを降ろそう。僕が見てくるよ」

「何を言ってるの、危険よ!」

「でも、このままじゃモヤモヤするでしょ」


 メリアは危険を主張するが、気がかりなのも否定はできない。ここで確かめずにいて、のちに行方不明者の話を聞いたとしたら。魔窟では日常茶飯事とはいえ、手を差し伸べられるときにそれをしなかったなら、きっと後悔する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る