30. 剛腕爆砕
チームとして許可が下りているのなら、拒絶する理由もない。他のメンバーからも異論はなかったので、本日探索する魔窟は“陥穽の洞穴”に決まった。
陥穽とはつまり落とし穴のことだが、その表現が的確かといえば微妙なところである。洞穴と言うくらいなので天然洞窟のような魔窟なのだが、その床が突然崩落するのだ。その規模は小さいものならば人がすっぽりはまるくらい、大きいものは広間の床の半分が崩れることもある。
深さもまちまちだ。膝辺りまでの陥没で済むことがほとんどだが、場所によっては下の階層に落とされることもある。この場合、落下によるダメージもさることながら、落下先で強力な魔物に襲われる可能性も否定できない。また、上層への移動ルートがわからなければ、魔窟から出ることも叶わない。
瑠璃級にしては危険度が高い魔窟だ。それだけに競合するディガーは少ない。崩落する場所さえ把握していれば、稼ぎやすいとも言える。“無敵モグラ団”では積極的な調査によって、上層の崩落ポイントを押さえているらしい。
「何か必要なものはある?」
「非常用のロープくらいかしらね。私たちはみんな持ってるわ」
メリアが道具袋からロープを取りだしてみせる。標準的な人の丈の五倍ほどと、それなりに長い。これくらいあれば、上層から下層に垂らして地面につく。誰かがうっかり下層に落ちてしまったとしても、ロープで引き上げることができるというわけだ。
アシュレイは長いロープを持っていなかったので、今日のところは“無敵モグラ団”の所持している予備を借りることになった。準備ができたので街外れに向かう。ザインゲヘナ上層から入れる魔窟の入り口は、ここに集まっているのだ。
呼び笛はラッドが吹いた。パタパタと現れたウォッチバードはやはりピピに似ている。アシュレイの頭を定位置にするのもお決まりのパターンだ。
「なんでいつも頭に止まるんだろう」
「懐かれてるなぁ」
「そうなのかな……?」
「ぴよ?」
ラッドの言葉に首を傾げるアシュレイ。それを真似てか、ウォッチバードも同じように首を傾けた。
「ははは、そっくりじゃねぇか!」
「ホントだな!」
「もう! 笑ってないで、行くよ!」
その様子を見た仲間たちがケラケラ笑い出す。アシュレイは少し不機嫌になって、魔窟探索開始の号令を出した。
中の印象は“爆発茸の洞窟”とあまり変わらない。青白い光に照らされた天然の洞窟といった様相だ。
入ってすぐは小部屋になっていて、全員が魔窟に入ったのを待って、隊列を確認する。道幅が狭い場所があるので、今回は三列体勢だ。前列は前衛向きのラッドとルド、中列が遠距離攻撃のできるアシュレイとメリア、後列はウーノ、マルクだ、通路での戦闘になると、ウーノとマルクが前に出られないが、後方の警戒役として後ろに置くことになった。
いざ、出発というところで、メリアが“静かに”の合図を出す。魔窟に入った時点で心構えはできている。全員が即座に口を閉じた。
メリアが無言で影装を纏う。少し目を瞑ったあと、小声で囁いた。
「集団がこっちに来てる。たぶん、ディガーね」
この部屋を出ると、しばらくは細い道が続く。擦れ違うことができないほど狭くはないが、できれば避けたかった。
同業者とはいえ友好的な相手とは限らない。ディガーとは元を辿れば強制連行されてきた犯罪者なのだ。アシュレイのように冤罪を受けた者、生きるために軽微な罪を犯した者だけではなく、正真正銘の凶悪犯罪者もいる。油断はできない。
アシュレイたちは通路に入らず、部屋で待つことにした。相手からすれば待ち伏せされているように感じるかもしれないが、狭い通路で擦れ違うのも嫌うはず。できるだけ敵意がないことを示すため、端によって武器を下ろしておく。
「最悪ね。“剛腕爆砕”の連中よ」
「ちっ!」
舌打ちを響かせたのはラッドだ。メリアに睨まれてバツが悪そうな顔をする。が、すぐに険しい顔をした。これはラッドに限らず全員だ。
そのチーム名には、アシュレイにも心当たりがあった。素行が悪いというチームの噂を集めていたときに、名前が挙がったところの一つだ。どうやら、“無敵モグラ団”とは仲が悪いらしいということは、仲間たちの表情から容易に知れる。
「どういう人たち?」
「魔窟で絡んできたり、街で暴力を振るったりと、柄の悪い連中よ。しかも、アイツら、自分たちの悪行をうちになすりつけてくるのよ!」
「メリア、声!」
「ああ、ごめんなさい」
話しているうちに興奮したメリアが声を荒らげ、今度はラッドがそれを
話を聞いて、アシュレイはなるほどと思った。“無敵モグラ団”の悪い噂は、“剛腕爆砕”の仕業だったようだ。
やがて、通路から数人のディガーが姿を現した。こちらの存在には気づいていたのだろう。先頭の男が、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべて、壁際に寄るアシュレイたちにゆっくりと視線を這わせた。
「おぅ、“無敵モグラ団”のガキどもじゃねぇか。こんなところに雁首並べて、何をしてるんだ? まさか、俺たちを襲撃する気か!? やだねぇ、これだから野蛮なチームは!」
「誰が――」
「ラッド、落ち着いて」
「お、おお……」
激高して言い返そうとするラッドの腕をぐいっと引いて下がらせる。アシュレイは前に一歩出た。因縁のある相手に“無敵モグラ団”は冷静さを失っている。ここは自分が出た方が良いだろうという判断だ。
「冗談はそのくらいで。通路は狭いですから、譲り合いですよ。わかってますよね?」
「……なんだ、お前は?」
「アシュレイです。彼らと合同探索中ですね」
淡々と返すと、男は面白くなさそうな顔をした。とはいえ、ディガーチーム同士が擦れ違うとき、片方が部屋で待つというのはよくある話だ。難癖をつけるのも無理がある。男は舌打ちして、アシュレイたちの前を通り過ぎようとした。そのとき――
「え?」
アシュレイは思わず声を漏らす。男たちの後ろからぴょんっと小柄なディガーが飛び出してきたからだ。アシュレイと同じくらいの背丈に襤褸切れを纏ったその姿は先日見たままの姿だ。
「ネイ?」
名前を呼ぶと、小柄なディガーがぴょこぴょこと頭を下げる。どうやら間違いないらしい。どこかのチームに所属しているとは聞いていたが、それがまさか“剛腕爆砕”だったとは。
「何してやがる! さっさと歩け!」
「……!」
不意の再会に驚いていると、“剛腕爆砕”の一人がネイを殴った。それは決して軽いものではなく、小柄なネイが吹き飛んで倒れるくらいの勢いだ。アシュレイはすぐに駆けよって、殴った男を睨みつける。
「お前――」
食ってかかろうとしたアシュレイを止めたのは、ネイだった。アシュレイの腕を叩き、大丈夫だというように首を振る。
「ああん?」
ネイを殴った男が睨み付けてくる。その視線を遮るかのようにネイは立ち上がった。そのまま、男に頭を下げると、とことこと出口となる黒い渦まで歩いて行く。
「っち」
結局、男もそれ以上は何も言わず、黒い渦に飲み込まれて消えた。
魔窟探索はこれからだ。だというのに、妙に疲れてしまった。ふぅと大きく息を吐くと、メリアも同じタイミングで息を吐いている。思わぬシンクロに、二人は少しだけ笑顔になった。
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