29. 休養期間が明けて

「うーん……ん、んん?」


 ぼんやりとした意識にパッパラと響くラッパの音が浸透していく。朝を告げる合図だ。聞き慣れた音楽に少しずつ目が開く。


「ふぁ。朝かぁ……」


 いつもより目覚めがすっきりしない。どうやら夢を見ていたようで、その残滓が頭の中を漂っているようだ。はっきりとは思い出せないが、緑豊かな場所だった気がする。幼いアシュレイが幸せに暮らす……そんな楽園のような光景だった。


 夢にしては鮮明だったので、何処かで実際に見た光景なのかもしれない。が、ぱっとは思いつかなかった。


「どこかの魔窟かなぁ」


 物心ついた頃には貧民街にいて、そのあとはザインゲヘナ暮らしである。緑豊かな場所と言えば、魔窟くらいしか知らない。


 何処だっただろうかと記憶を探ってみるが、すでに夢の記憶はあやふやになっていた。思い出したところで、何か意味があるわけではないので、すっぱり諦めることにする。


「えっと、今日はラッドたちと打ち合わせだね」


 三日の休養期間が終わった。初日はギルフィスのおかげで大きく稼げたが、ネイリムスと再会した二日目は水晶級相応だ。つまり、全然儲からなかった。


 そこで、三日目の昨日は罠を利用できないかと考えてみた。肝は、魔物召喚の罠。要は、ネイリムスがうっかり引き起こした大量の魔物の呼び出し。それを、意図的に引き起こそうと考えたわけである。


 場所は二日目に引き続き“白壁の迷宮”だ。ひと踏みで出現する魔物は一体だけ。しかも、アシュレイが瞬殺できるくらい弱い。呼ぶ端から倒せれば、短時間でかなりの数を倒せるのではと考えたのだ。


 魔物が出現する位置が毎回違うので、目の前の敵を淡々と処理するというほど機械的にやれたわけではない。それでも、魔物を探して迷宮を彷徨うよりは段違いの効率の良さだ。前日を上回る高効率で魔物を倒し、部屋はすぐに死骸で溢れた。


 ここまでは概ね上手くいったと言える。だが、そこで気がついた。この膨大の死骸から心臓石を取り出すのはかなりの手間なのではないかと。


 それでも稼ぐためならば仕方がない。放置しておくと死骸が消えてしまうので、せっせと心臓石を取り出した。あとはその繰り返し。朝早く迷宮に潜り、日が傾きはじめるまで魔物を狩りに狩る。


 その結果、アシュレイが稼いだ額は――なんと、ラッドたちとの探索での稼ぎとほぼ変わらなかった。いや、それどころかやや少ないくらい。もちろん、過去最高の稼ぎとなった“爆発茸の迷宮”との比較ではなく、日常の探索と比べて、である。


 労力に対して結果が見合っていない。ほとんど危険がないという意味ではメリットがないわけではないが、アシュレイが欲するのはノルマを果たすための稼ぎだ。その点においては、期待外れだった。


「まぁ、休養期間に一人でやれるのはありがたいけどね」


 一人で活動するときは水晶級魔窟にしか潜れないのだから、その中での最大効率が見つかったという意味では悪くはない。とはいえ、あまりに単調で退屈だった。チームを維持するためには選り好みなどしている場合ではないが、できれば別の方法が良いなと願ってしまうくらいには。


「おっと、ぼーっとしている場合じゃないね。ラッドたちを待たせちゃう」


 気を取り直して、ベッドから跳ね起きる。朝のうちに打ち合わせをして、問題なさそうならそのまま魔窟探索に出かけるというのが今日の予定だ。リーダーとして、遅刻するわけにはいかない。ささっと準備をして、“無敵モグラ団”の拠点まで出かける。


「おはよー! みんな、早いね!」


 拠点前の集合場所には、メンバー全員が揃っていた。移動時間があるとはいえ、朝ラッパから半刻と経っていない。アシュレイが遅かったというよりも、全員が早くから集まっていたというのが正しい。


「おうよ、三日ぶりの探索だからな!」


 ラッドがニカッと笑い、胸の前で拳を握る。皆の表情にもやる気が満ちている。それはアシュレイも同じだ。

「ルド、体調はもう大丈夫?」

「大丈夫だぞ。ほら」


 傷はすっかり治っているので、アシュレイが気にしたのは精神の疲労だ。ルドが問題ないと示すために、【重戦士の手甲】を纏った。揺らぐような気配もなく、しっかり具現化されている。それも見て、アシュレイも頷く。


「マルクは?」

「俺も大丈夫だ!」

「それじゃあ、予定通り探索ってことで」

「おう!」


 全員の体調が問題ないということで、このまま魔窟探索に出ることになった。今日はまともな稼ぎが得られそうだと、アシュレイは内心でほっと息を吐く。


「で、魔窟はどこにしようか。また、“爆発茸の洞窟”にする?」

「……茸はあまり」

「俺もだ」


 アシュレイの提案に、ウーノとラッドが顔を顰める。前回の探索で最も怪我の少なかった二人だが、気絶していたせいでほとんど活躍できなかった。そのせいか、負傷した他のメンバーよりも苦手意識があるようだ。


「うーん、そう?」


 前回の件はイレギュラーだった。気にすることはないのに、というのがアシュレイの意見だ。とはいえ、無理に連れ出すつもりもない。他に意見があるならと、メンバーを見回した。口を開いたのはメリアだ。


「うちだと、他には“陥穽かんせいの洞穴”にもよく潜るわね。落とし穴の位置は把握してるからそこまで危険ではないわ」

「えっ、落とし穴の位置って、チームの秘匿情報じゃないの?」


 メリアの言葉に、アシュレイは驚き聞き返す。


 詳しい情報があれば、魔窟での稼ぎ、安全性は段違いに上がる。魔窟の攻略情報はチームの財産であり、余所のチームへと積極的に開示することはほとんどない。合同探索となると、ある程度の情報流出は避けられないが、最小限にとどめるため普通は攻略する魔窟を絞るものだ。メリアの提案は異例とも言える。


「アシュレイ君なら問題ないわ。父さ……団長からも許可を取ってるから」

「んん?」


 何だかとんでもない話を聞いた気がした。“無敵モグラ団”の団長といえば、厳つい大男のボールズだ。一方、メリアはときどき乱暴な言葉が飛び出ることはあるが、小柄で服装さえ整っていれば良いところのご令嬢と言っても通用しそうな容姿である。


「とにかく、大丈夫よ」

「あ、うん」


 しかし、メリアによって話は流されてしまったので、それ以上は気にしないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る