28. 食べ過ぎ注意

「僕はアシュレイ。“地底の綺羅星”所属のディガーだよ。よろしくね」


 ニコリと笑いかけて自己紹介をする。犬耳少女は再び頷くと、今度はもじもじしはじめた。アシュレイが不思議そうに見守っていると、おずおずといった様子で耳元に口を寄せてくる。


「ネイリムス」


 それだけ囁くと、犬耳少女はそそくさと離れていく。どうやら完全に声が出ないというわけではないらしい。


「今のが、君の名前?」


 アシュレイが尋ねると、犬耳少女がヒクっと口元を歪ませて頷く。


「じゃあ、ネイって呼ばせてもらってもいいかな?」


 さらに尋ねると、またピクピクと口の端が動いて、今度は二回頷いた。顔は無表情に近いが、どことなく嬉しげな雰囲気を感じる。あの口元の微妙な動きは、もしかして笑っているのかもしれない。


「ぴぃ!」

「あ、来た」


 戦いが終わったのを察して、ピピが飛んできた。当然のようにアシュレイの頭に止まる。それを見て、ネイリムスがまた目を丸くしていた。


「僕のウォッチバードだよ」

「ぴぴ、ぴぴ」

「はいはい。この子、喋るんだよ。珍しいよね」


 アシュレイがピピを紹介する。“珍しい”という言葉に、ネイリムスは首をブンブン振って同意した。表情の変化は乏しいが、感情は豊かなのかもしれない。


 ネイリムスにもウォッチバードはついている。ピピと一緒に飛んできたが、そちらはやはり喋らない。頭にも止まらず、“さっさと仕事しろ”と言いたげに長舌蛙の死骸を突くような仕草を見せるばかり。その様子を見て、ネイリムスが肩を落とした。自分のウォッチバードも喋るんじゃないかと期待したらしい。


「ええと、僕が倒したのは、この辺のヤツだと思うけど。これで大丈夫かな?」


 チームを組んでるわけでもなく、合同探索中でもないので、取り分はそれぞれが倒した分だ。あとあと揉めると面倒なので、解体前にきっちりと確認を取っておく。ネイリムスが頷くのを見て、アシュレイは自分が倒した魔物を端によけた。


 それぞれに解体を始める。アシュレイは鼠と蛙で、合計十四だ。それに比べると、ネイリムスのほうは数が多い。いつから戦っていたのか知らないが、部屋には五十を下らない数の死骸が転がっている。それらを解体するとなるとかなり手間だ。


 少し心配になって、アシュレイはネイリムスの様子を窺った。意外と手際よく解体しているのを見て、ほっとする。


 と、よそ見をしていたのがよくなかった。解体途中、心臓石を取りだしたところで手を止めていたのだ。それを横からかっ攫う存在を忘れていた。


「ぴぴぴ!」

「あ、ちょっと!?」

「ぴぃ♪」

「ああ……」


 僅かな隙をついて、ピピが心臓石を咥える。アシュレイの制止も気にすることなく、そのまま呑み込んでしまった。


 渋い表情をするアシュレイだが、実際のところ、それはポーズに過ぎない。本気で止めようと思えば、ピピから心臓石を奪い返すこともできるのだが、愛嬌のある仕草でねだったり喜んだりする様子がかわいいのであえて好きにさせているところがある。


 ノルマを考えれば少しでも稼ぎを無駄にすべきではないのは確かだ。だが、水晶級の心臓石は貢献点に換算してもたかが知れている。僅かな貢献点と引き換えに癒やしが得られるのなら、安い物だと言えなくもない。


 アシュレイとピピだけならば、それで終わる話だ。だが、ここにはネイリムスもいた。表情はほとんど変わらないが、目を丸くしてよろめいているところを見ると相当な衝撃を受けたようだ。これまでに確保した心臓石のひとつをいそいそと革袋から取りだし、それをぐいぐいと自分のウォッチバードに押しつける。


 当然ながら、真っ当なウォッチバードはディガーの稼ぎをかすめ取るような真似はしない。心臓石を押しつけたところで全くの無反応だ。いや、何度も繰り返し続けると迷惑そうに飛んで逃げた。いずれにせよ、餌付け作戦は失敗だ。


 めげないネイリムスは、標的を変えた。もちろん、ピピである。


「ぴぃ?」

「……っ」

「ぴぃ……」


 食い意地の張ったピピも、さすがに担当外のディガーから心臓石を貰うのは抵抗があるらしい。困ったようにアシュレイを見た。とはいえ、そんな反応をされても、困るのはアシュレイも同じだ。


「ええと……たぶん、僕の心臓石しか食べないんだと思うよ」

「……!」


 再びよろめくネイリムス。声も表情もなしに、ここまで悲しみの感情が伝えられるのは、一種の才能かもしれない。不憫に思ったアシュレイは、自分の獲った心臓石を彼女の手の平にのせた。


「……?」

「それなら食べるんじゃないかな」


 ピピが遠慮するような性格とも思えない。ネイリムスの心臓石を食べなかったのは担当外のディガーの貢献点の申告には手が出せないからだろう、とアシュレイは考えた。その予想が正しければ、アシュレイが確保した心臓石ならば食べるはずだ。


 そういった事情を知るはずもないだろうが、ネイリムスは大袈裟にこくこくと頷く。そして、受け取った心臓石をピピへと差し出した。


「ぴぃ♪」

「……っ!」


 躊躇いもなくピピが食いつく。ネイリムスの口の端が僅かに上がる。顔の筋肉がほぐれてきたのか、今度はちゃんとした笑みになっていた。


 その様子をニコニコと見守っていたアシュレイだが、すぐにたじろぐことになる。ネイリムスとピピ、四つの目がじっと見つめてきたからだ。無言だが、雄弁に目が語っている。もっと心臓石を寄越せと。


「いや、さすがにそんなたくさんは――」

「ぴぃ!」


 アシュレイの言葉を遮るように、ピピがひと鳴きする。それに応じるようにネイリムスが頷き、まだ解体していない青かぶとの死骸を押しつけてきた。


「……もしかして、これと交換しろってこと?」


 まさかと思いつつ尋ねると、ネイリムスは何度も頷いた。


 チーム内で分配の比率を決めておかない限り、心臓石は取りだした者に所有権があるので、この交換は等価だ。解体の手間を考えなければ、だが。


「わ、わかったよ」


 断ることもできたが、アシュレイはこの提案を受け入れた。ピピの反応が可愛くて、ついつい心臓石を与えたくなる気持ちはよくわかるのだ。さらに、無表情なネイリムスが僅かに微笑むのも見ていてほっこりする。誰が損をするわけでもないのなら、問題はない。


 ただ、このあとアシュレイは後悔することになる。ネイリムスの“交換”はとどまることを知らず、部屋に転がっていた死骸のほとんどをアシュレイ一人が解体することになったからだ。


「もう! いくらなんでも食べ過ぎだよ」

「ぴぃ~?」


 何のこと、と可愛く首を傾げるピピ。しかし、さすがにアシュレイも誤魔化されることはなかった。ほどほどにするように、と少し時間をかけて説教をした――――が、それがピピに伝わったかどうかは定かではない。

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