27. 犬耳少女
「え?」
アシュレイの口から戸惑いの声が漏れた。
おかしい。七匹も引き受けたはずなのに少しも魔物が減った気がしない。
実際に、魔物の数はアシュレイが介入する前とほとんど変わっていなかった。しかも、さきほどは見なかった青かぶとという甲虫の魔物の姿がある。どうやらまた新手が現れたらしい。
他の部屋から移動してきたのだろうか。しかし、最初に物音を聞きつけてから、それなりの時間が経っている。爆発茸のように凄まじい音で敵を引き寄せたのでなければ、少々登場が遅いのではないだろうか。
疑問を解く鍵は、すぐに見つかった。アシュレイの目の前に、突如として長舌蛙が現れたのだ。
「うわっ!」
驚きながらも、体は動く。大蛙が舌を伸ばすよりも、アシュレイのナイフが敵を貫くのが早かった。ぐったりと倒れる大蛙の死骸を蹴り飛ばしながら、今の現象について考える。
魔物は一般的な動物と違う。親から産まれることはなく、魔窟が生み出しているのだと言われている。ただし、生み出される瞬間を目にすることはほとんどない。基本的に魔物が生み出されるのは人がいない場所だ。
ただし、例外は幾つかある。その一つが、魔物召喚の罠だ。
ここは迷宮型魔窟。罠によって魔物が生み出されるという可能性は充分にありうる。
だが、何処に?
少なくともアシュレイに罠を踏んだ覚えはない。となると、残るは――――
「って、ちょっと!? 踏んでる! 踏んでるよ!」
アシュレイが指さしたのは、メイス使いの足元。靴によって半分以上隠れているが、僅かにスイッチらしきものが見える。
メイス使いも自分への言葉だと理解したらしく、向かってきた青かぶとをメイスで叩き潰してから右足を上げた。俯くような仕草は足元の確認だろうか。そこでようやく罠の存在に気がついたのか、ぴょんと後ろに飛び退く。
だが、その行動は迂闊だったと言わざるを得ない。飛び退いた先には、また別のスイッチがあった。背後から飛んできた石つぶてにぶつかり、メイスのディガーがよろめく。バランスを保つために踏み出した一歩がまたスイッチを踏む。直前まで踏んでいた罠だ。
「うわぁ!?」
突然のハプニングに慌てながら、アシュレイは煙のようにどこからともなく湧き出してきた長舌蛙にナイフをお見舞いする。そしてすぐに、メイス使いのもとに駆け寄った。
「もう、何してるのさ! とにかく、こっちに!」
肩を掴み、通路まで下がらせる。当然、そこまでの床に罠がないことはチェック済だ。
「あれ、君は……」
そのときになって、アシュレイはようやく気がついた。メイス使いは、前に見たことがある犬耳の少女だったのだ。少女もアシュレイに気づいたのか、フードをぎゅっと下ろして、軽く頭を下げた。
「っと、今はそれどころじゃないや。魔物を倒さないと」
偶然の再会だからといって、魔物は待ってくれるはずもない。まずは安全確保をすべきと考えたアシュレイは、武器を構えて跳びかかってくる魔物たちを迎え撃つ。敵の数は十と少し。これ以上増えないなら、問題なく対処できる。
「君は休んでいても……って意外と平気そうだね」
噛みつき鼠を仕留めながら、隣に立つ少女に声をかけると、そちらも青かぶとにメイスを叩きつけたところだった。負傷しているにしては動きが良い。危険な状況だと思ったのは早合点だったかもしれない。
しかし、今も拒絶されていない以上、手助けが不要だったというわけではないはずだ。そう思い直して、アシュレイは襲ってくる魔物を的確に処理していく。少女のメイスも唸りを上げ魔物を屠る。魔物を全滅させるまでにそう時間はかからなかった。
「終わったね。ええと、君、大丈夫?」
ようやく落ち着いたところで、アシュレイが犬耳少女に尋ねる。直前までの動きからすると、重傷を負っているわけではなさそうだが、それでも普通ならば無傷とはいかないはずだ。
しかし、犬耳少女は平気そうな顔で頷いた。表情に強がりのようなものは感じられない。
「いや、でも囓られてたよね。石つぶての罠にも引っかかってたし」
アシュレイの指摘に、犬耳少女は少し困ったような表情を浮かべたあと、膝辺りまで襤褸切れを
これにはアシュレイも驚く。影装を具現化しているときは治癒能力が高まるので、小さな切り傷などは小休憩の間に完治する。とはいえ、一瞬で治るようなものではないのだ。あれだけひっきりなしに噛みつかれていたのに、すでに傷がないというのは考えにくい。
もしかして彼女は防御型の影装なのだろうか。だが、そうだとしても生身の頑強性が著しく上がるとすれば、相当に影装が馴染んでいるはずだ。そのわりに犬耳少女の戦い方は拙かった。特別酷いというわけではないが、見た目相応の実力。少なくとも、ベテラン採掘人という感じはしない。
少女が無傷だった理由が気になる。しかし、その疑問を強引に振り払った。チーム員でもないディガーの影装を探るのは、あまり行儀が良い行為とは言えない。
それよりも気になったのが、彼女の振るまいだ。前回会ったときも、今回も一言も喋っていない。
「もしかして、声が出ないの?」
尋ねると、少女はピクリと体を震わした。そして、泣き出しそうな顔で小さく頷く。その反応に、何の気なしに尋ねたアシュレイは慌てた。
「わっ!? せ、責めてるわけじゃないんだよ? ごめんね」
意味もなく手をばたつかせて言い訳する。大袈裟な動きに驚いたのか、少女は目を丸くした。ともかく、責める意図がないということは伝わったらしい。今度は少し大きく頷いた。
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