26. メイス使いのディガー

 そのあともアシュレイは“白壁の迷宮”の探索を続けた。人工的な造りの迷宮型は、どこに居ても造りが似ているので迷いやすい。簡易地図を持っていても、漫然と歩いていると現在地点がわからなくなるのだ。分岐路の位置や、通り過ぎた通路の本数といった地形情報を意識すれば迷うこともないのだが、それも戦闘がなければの話だ。罠を踏まないようにと意識を集中させると、さっき覚えた地形情報が抜け落ちているなんてことは多い。


 とはいえ、繰り返せば慣れてくる。休憩を挟みつつ二刻ほど探索を続けると、アシュレイはほとんど罠にかからなくなった。また、戦闘を挟んでも現在地点を見失うこともない。魔物が弱く戦闘が長引かないからこそという面もあるが、訓練として考えれば上々の結果だろう。


「そろそろ切り上げようかな」

「ぴぴぴ」


 普通のウォッチバードは離れた場所からついてくるのだが、ピピは戦闘中以外、アシュレイの頭で止まっている。今も、アシュレイの言葉にすぐ反応した。頭から降りて、顔の前でホバリングだ。くちばしをパクパクさせて何かを訴えている。


「もしかして、もっと食べさせろって言ってる?」

「ぴ!」


 微妙な判定の心臓石を証拠隠滅のために食べてから、味をしめたらしい。すでに、何度か心臓石をねだられて与えている。その分は、稼ぎとしてカウントしないとのことだが、収入にもならないわけで、アシュレイとしては損をしていることになる。ついつい可愛くて上げてしまったが、そう何度もは付き合いきれない。


「もう充分に食べたでしょ。というか、心臓石なんて食べて平気なの?」

「ぴぃ~?」

「いや、キミのことだからね。大丈夫なのかな、もう」


 いつも通り、小首を傾げて知らないふり。言っても無駄かと思って、アシュレイは首を振る。


「まあいいか。とにかく今日は――――ん?」


 探索を切り上げると告げようとしたところで、かすかな物音が聞こえてきた。気になったアシュレイは、影装を纏い聴覚を強化する。


「これは……戦っている音、かな?」


 遠くから聞こえてくるのは戦闘音だった。


 複数のチームが別々に同じ魔窟を探索するというのは、普通にあり得る状況である。アビスには無数の魔窟があるが、ディガーからの人気はそれぞれ。戦いやすい、稼ぎやすい魔窟には人が集まる。人が増えれば、魔窟の攻略情報も蓄積していき、安全に対策できるようになるだろう。それがまた人を呼ぶ。その結果、限られた魔窟に人が集中しやすい。


 だが、“白壁の迷宮”はどちらかといえば、人の出入りが少ない魔窟である。そもそも水晶級は昇格条件を満たす最短期間――すなわり三ヶ月で昇格する者がほとんどなので、水晶級の魔窟に潜るディガー自体があまりいない。その上、罠の多い迷宮型は忌避されやすいのだ。


「こっそり覗いてみようか」

「ぴぃ?」


 そんな不人気の魔窟を探索しているのはどんな変わり者か。自分のことは棚に上げ、アシュレイは興味を持った。あまり良い趣味とはいえないが、帰る方向から大きく外れるわけではないので、あくまでついでだ。そう自分に言い訳して、アシュレイは音のする方へと進んでいく。


 近づくにつれ、戦いの音は激しくなっていった。ガツンガツンと何かがぶつかる音が途切れることなく続いている。誰かが危機的状況に陥っているかもしれない。そう考えて、アシュレイは歩を早めた。


「あ、あれだ!」


 音の発信源は、そこそこ大きめの部屋だった。幅と奥行きがアシュレイの歩幅二十歩分くらいはある。その部屋の中でフードを被った人物が一人で多数の魔物を相手に戦っていた。その人物はディガーとしては小柄で、アシュレイとほとんど背丈が変わらない。装備類は貧相の一言。襤褸ぼろを纏うという表現がこれ以上ないほど似合っている。唯一、両手で振り回す漆黒のメイスだけが立派だった。


 十中八九、あのメイスが影装だろうとアシュレイは当たりをつける。武器タイプの影装は珍しいが、ないわけではない。


 魔物は長舌蛙や噛みつき鼠といった“白壁の迷宮”のごく弱い魔物だ。だが、とにかく数が多い。どう見てもさばききれておらず、その小柄なディガーは何度も囓られたり、舌をぶつけられたりしていた。ひとつひとつは大したことはないだろうが、塵も積もれば山となる。アシュレイの目から見れば、すでに危険域に達していた。


「助太刀します!」


 声をかけて部屋に飛び込む。本来ならば助太刀が必要か否か尋ねて、その返事を受けて行動すべきだ。しかし、今回はその手間も惜しい。一刻の猶予もないと判断したアシュレイは返事も聞かずに、近くの大蛙に斬りつけた。魔物の注意を引きつけ、少しでも孤軍奮闘するディガーの負担を減らそうとしたのだ。


 その目論見は上手くいって、数匹の魔物がアシュレイへと標的を変えた。だが、例の人物の助けとなったかは微妙なところだ。突然現れたアシュレイに驚いたのか、一瞬体が硬直し、そのせいでまた鼠に噛みつかれてしまった。ただ、助太刀を拒否するような素振りはなかったので、アシュレイはそのまま引きつけた魔物たちを仕留めてしまうことにする。


 長舌蛙が三体に噛みつき鼠が四体の計七体。アシュレイは少しずつ後退しつつ魔物を通路に引き込んだ。囲まれることを恐れてというより、足元の安全性を確保するためだ。ぱっと見ただけでも、部屋には幾つか罠があった。一方で、通路に罠がないことは確認済である。罠に注意を払いながら戦うよりも、廊下まで引っ張って戦った方が素早く倒せるという算段だ。


 即座についてきたのは鼠四体。舌による中距離攻撃がある蛙は少し遅れてついてくる。上手い具合に分断もできたようだ。


 アシュレイはまず跳びかかってくる鼠から順番に仕留めた。牙を躱してナイフでひと刺し。これまでの探索で習熟した動きだ。全ての鼠にナイフを突き立てるまで、さほど時間はかからなかった。


 慌てた蛙たちが、舌を伸ばしてくる。バックステップで、その射程から逃れ、タイミングを見て一気に詰め寄る。ひとつ、ふたつ、みっつ。ナイフを煌めかせ、鮮やかに蛙を絶命させる。


 ふっと息を吐き、深呼吸。激しい動きをしたので少しだけ呼吸を整える。とはいえ、休憩をしている暇はない。すぐに部屋へと引き返して状況を確認しなければ。

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