25. 判定の結果、なかったことに

 暗闇を抜けると白い壁が目に入る。光源は不明ながら、かなり明るい。蒼光石で照らしているザインゲヘナの街中よりも明るいので、松明は不要だ。


「あいかわらず、ピカピカだ」


 アシュレイは壁をひと撫でして呟く。壁や床を構成するタイルはまるで磨かれたように白く眩しい。ツルリと滑るほどではないが、何処かの宮殿で使われていてもおかしくないほどのクオリティだ。


「さてと。久しぶりの迷宮型だし、気をつけないとね」


 自然的か人工的か。洞窟型との違いはその程度だが、その差は意外にも大きい。


 まず足元の違い。迷宮型は地面に凹凸が少なく歩きやすいことがほとんどだ。移動の負担が小さいので、探索時の体力消耗が抑えられる傾向にある。また、足回りに不安がないので、近接戦闘をする者たちにとっては戦いやすい。


 次に射線の確保のしやすさ。通路が真っ直ぐに伸びているので、飛び道具が使いやすい。弓使いや魔法使いには有利な環境だ。とはいえ、必ずしもディガーにとって戦いやすいとは限らない。魔物にも弓を使う者、魔法の矢を放つ者がいるからだ。


 最後が罠の多様さ。“爆発茸の洞窟”のように天然罠が存在する洞窟型魔窟もあるが、種類の豊富さでは迷宮型に遠く及ばない。踏めば矢が飛んでくるトラップ、魔物を呼び寄せる警報、槍の仕込まれた落とし穴。高ランクになると、発動させるだけで致命的な罠もあるという。


 総じて評価すると、戦闘能力だけではなく罠への対処能力が必要とされる魔窟ということになる。


 アシュレイの【曲芸師の羽根帽子】は斥候寄りの能力を有しているが、罠探知には力を発揮できない。迷宮型魔窟との相性は良くないのだが、あえて選んだのは訓練のためだ。影装の補助がなくても、経験を積めば勘が磨かれる。水晶級の魔窟なら致命的な罠はないので、経験を積むには悪くない。稼ぎの効率よりも、今後を見据えて成長を優先したというわけだ。


 できるだけ罠に引っかからないように慎重に迷宮を進む。低ランクの魔窟なので、罠の配置もあからさまだ。白い床のど真ん中に、少しだけ色の違うスイッチがあったりと、罠にかける気があるのかないのか。しかし、これが意外と侮れなかった。


「うわっと!?」


 アシュレイは飛んできた石つぶてを咄嗟に体を捻って避ける。うっかり罠を踏んでしまったらしい。気をつけていたつもりだが、戦いになると注意は罠より魔物に向く。些細な色の違いには気づきにくくなるようだ。


 無理な動きで体勢を崩したところに、大蛙の長い舌が鞭のように襲いかかる。が、アシュレイは向かってくる舌をナイフで斬りつけた。罠には驚いたが、それで無防備になるほど経験は浅くない。


 ゲゲェと舌を斬られた蛙が悲鳴を上げる。その隙に立て直したアシュレイは、蛙本体にナイフを突き刺した。今度は悲鳴を上げる暇さえなく、蛙は絶命したようだ。


「敵が弱いから対応できてるけど、瑠璃級くらいの強さがあったらちょっと危ないかも。見えてるはずなんだけどなぁ」


 戦いの前に罠の位置を把握できていれば、意識して戦うことはできる。しかし、魔物の影にあったり壁際の目立たない位置にあると、気づかず踏んでしまうようだ。


「まずは周辺環境の確認を優先した方がいいかも。罠がないとわかってから、敵を倒すことにしよう」


 魔物が弱いのでアシュレイのナイフでも一撃だ。そのせいで攻撃に意識が向いてしまっているのかもしれない、とアシュレイは考えた。そこで、戦いが始まってもまず一呼吸置くことにする。敵の攻撃をいなしながら状況を確認すれば、罠の有無も見極められるはずだ。


 この試みは上手くいって、戦闘時間は少しだけ長引いたが罠を発動させる回数はかなり減った。やはり攻撃に逸りすぎていたようだ。


「やっぱり落ち着いた状況判断が重要なんだね」

「ぴぃぴぃ!」

「わかってるよ、ピピ。心臓石でしょ」

「ぴぃ!」


 アシュレイが直前の戦闘を振り返っていると、ウォッチバードが用事を済ませと急かしてくる。ピピというのは、アシュレイがつけた名前だ。試しに呼んでみたら、自分の名前だと理解したようで、ちゃんと反応する。


 そうなると愛着も湧いてくるもので、ディガーから疎まれるウォッチバードがペットのような癒やしに思えてきたのだ。ディガーとウォッチバードの関係としては、これまでにないほど良好かもしれない。ピピの定位置はやはりアシュレイの頭の上だ。


「うわっと! あれ、どこにいった?」


 長舌蛙から取りだそうとした心臓石が勢い余って飛んでいってしまった。最低ランクの魔物の心臓石は米粒ほどの大きさしかないので、床に落としてしまうと探すのは非常に面倒くさい。しかも、苦労して探し当てても大した稼ぎにはならないのだ。


「この場合どうなるの? 収入とカウントされるの? それともされない?」


 何らかの危機によって、魔物を解体することなく放置して撤退した場合、その魔物の分の心臓石まで課税対象になることはない。基本的には、解体してディガーの手に渡った時点で稼ぎとしてカウントされるのだ。


 そういう意味で、今回については微妙だった。解体はしたが、それをアシュレイが手に取る前に飛んでいってしまった。この時点で稼ぎとカウントされていないなら、わざわざ苦労して探すことはないかなというのがアシュレイの正直な思いだ。しかし、すでに収入としてカウントされているのだとしたら、放置していくのは悔しい。ごく僅かとはいえ、得てもいない心臓石に対して課税されるのは癪なのだ。


 アシュレイが尋ねたのはピピに対して。答えを期待したわけではなく、独り言のようなものだ。


 問われたピピに返事ができるわけもない。だが、反応はあった。アシュレイの頭から飛び立つと、白壁に近い床をついばんだのだ。そして、そのくちばしには小さな石が。


「あ! 見つけてくれたんだ。ありが――ええええぇ!?」

「ぴぃ?」

「ぴぃ、じゃないよ! 今、食べなかった?」

「ぴ」


 何か問題でもという態度のピピに詰め寄る。問題でないわけがない。極小心臓石とはいえ、ウォッチバードがディガーの稼ぎを横からかっ攫うなんて前代未聞だ。


 何故、あんなことをしたのか。喋れないピピを相手に聞き取りは難航したが、どうにか意図を確認した結果――


「判定が微妙だから、なかったことにしたってこと?」

「ぴ!」

「そんなのアリ? というか、見つけたなら普通に渡してくれたなら良かったのに」

「ぴぃ?」

「わからないふりしないの! 絶対、わかってるでしょ……」


 ジト目を向けても知らんふりのピピに、アシュレイは呆れて首を振る。今回は仕方がないが、次からは丁寧に解体しようと心に誓うのだった。

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