23. 考え違い

 有無を言わさぬ雰囲気に、アシュレイは無言で頷く。すぐに羽根帽子を具現化すると、ギルフィスの言う“ヤバいの”の気配が感じ取れた。どうして今まで気づかなかったのかと不思議なほどの禍々しさだ。これまで遭遇した魔物とは明らかに違っている。


「これは……?」

「話は後だ。とにかく逃げるぞ。さあ」


 声量は抑えられているが、焦りの色がある。これまで余裕の態度を崩さなかったギルフィスが見せた動揺。余計な問答をしている暇はないと理解したアシュレイは、すぐに走り出した。影装によって強化された脚力で、平常時よりもずっと早く走れるのだが――


「ギルフィスさん!」

「ああ、まずいな! 追って来やがった!」


 こちらが走り出したと同時に、禍々しい気配も動いた。影装を纏っての全力でも振り切れないほどの速さで、気配は追ってくる。このままでは逃げ切れない。


 アシュレイにもわかることが、ベテランディガーにわからないはずがなかった。即座に方針を切り替えたギルフィスが叫ぶ。


「っち、やるしかないか! アシュ坊は避難してろ!」

「だったら、僕も戦うよ!」


 あんな禍々しい気配に一人で挑むなんて無謀だ。もし自分を逃がすために、彼が己の身を犠牲にしようとしているのだとしたら。そんなことは許容できなかった。


「アホか。お前じゃ、無駄死にするだけだ」


 アシュレイの言葉は一蹴される。しかし、それでも譲るつもりはない。ギルフィスに消えたチームメンバーの姿が重なって見える。また一人残されるなんて御免だった。


「いやだ! 僕は、僕は……仲間を置いて逃げるくらいなら……死んだ方がマシだ!」


 睨み付けるような鋭い視線で、一歩も退かないという決意を叩きつける。その様子を見たギルフィスは大きなため息をつき――――アシュレイの頭にチョップを見舞った。


「死んでどうする。人間生きてこそだ」

「それなら、ギルフィスさんだって!」

「はぁ。俺がこの程度で死ぬわけないだろ。きっとアシュ坊は勘違いをしているぞ。お前、俺が一か八かの賭けに出るとでも思ってるだろ?」

「へ?」


 一か八どころか、死を覚悟しての時間稼ぎではないかと疑っていた。だが、さっきの口ぶりからするとそうではないらしい。どういうことか視線で問うと、少しバツが悪そうな表情でギルフィスが語る。


「ありゃあ、ここで稀に出現する異常種だ。俺は何度か倒したことがある。ただ、奥の手なしで戦うにはちょっと厳しいからな……アシュ坊の前では戦いたくなかっただけだ」

「え……あ、ごめん……」


 仲間だなんて啖呵を切ったが、アシュレイとギルフィスは臨時で組んだだけの間柄だ。能力の全てを開示するような関係ではない。奥の手を隠そうとしたとしても、アシュレイの立場では責められない。全てを見せていないのはアシュレイだって同じだ。


 そういうことなら素直に逃げた方が良いのだろうが、禍々しい気配はかなり近くまで迫り、その姿を現している。土煙を上げながら駆け寄ってくるのは、人の背の二倍はあるであろう怪鳥だった。


「気にするな。ま、アシュ坊は悪い奴じゃなさそうだからな。秘密にするっていうのなら、特別に俺の力を少しだけ見せてやろう」


 ギルフィスはアシュレイの頭を乱暴に撫でてから、離れているようにと指示する。アシュレイは少しだけ考えて素直に従った。ギルフィスの態度には余裕が見える。倒したことがあるというのは、嘘ではないように思えた。


「あれは……!」


 少ししてギルフィスの影装に変化がおこった。黒いブーツが紫色の輝きを纏ったのだ。


 そこから先は早すぎて何が起きたのか、アシュレイには捉えきれなかった。最初にリッパービートルを屠って見せたときよりもさらに早い。


 気がつけば、ギルフィスが怪鳥の正面に立っている。その右手が煌めいたかと思えば、ダァンと激しい音が響いた。続くのは怪鳥のけたたましい絶叫。遅れて怪鳥の右翼が千切れて落ちる。さらには首から大量の血しぶきが飛び散った。


「すご……」


 何が起きているのか正確なところは掴めないが、ギルフィスが怪鳥を圧倒しているのだけは確かだ。彼の右手が煌めくために、チカリと稲妻のような眩い光が走り、怪鳥が悲鳴を上げる。そして、ついには首が落ちた。


「本当に強かったんだ……」


 明らかに瑠璃級の枠に収まる強さではない。中級どころか上級にも手が届くのではないか。この強さならば勧誘合戦が止まらなくなるという危惧もあながち間違いとは言えない。それが嫌なら、さっさと何処かのチームに入ってしまえば……と思うが、それは個人の選択だ。アシュレイが何かを言う権利はない。


 ギルフィスはすぐには構えをとかなかった。警戒するように怪鳥の亡骸を睨み付けていたが、しばらくして脅威は排除されたと確信したらしい。呼びかけるように、アシュレイに手を振った。


「ビックリした! 本当に凄かったんだね!」

「ん? ああ、まあな……」


 興奮して駆け寄るアシュレイに、ギルフィスは浮かない顔を見せる。


 何か彼の気に障るようなことをしただろうか。アシュレイは不安に思ったが、よく観察してみれば違和感がある。あれは不快というよりは、すまなさそうな表情だ。思い当たる節がなく首をひねっていると、ギルフィスが頭を掻きながら、軽く頭を下げた。


「明日以降も付き合うと言っていたが……すまん、それは無理になった」

「えぇ?」


 やはり不快にさせたのか。それとも、あの力を使うのは体に負担がかかるのか。悪い想像がアシュレイの頭をよぎる。だが、ギルフィスが語った理由は、アシュレイからすれば予想外過ぎる内容だった。


「この鳥の心臓石、めちゃくちゃ評価が高いんだよ! 加算されたら今月分のノルマを越えちまうって! たぶん昇格ラインギリギリだ! 危ねぇな、予め取り分を半々にするって決めといて良かったぜ!」

「えっ? この鳥の心臓石の評価点も僕に半分くれるつもりなの?」

「当たり前だろ! じゃないと、昇格しちゃうだろ! 断るなよ? 俺を助けると思って、頼む!」

「えぇ……?」


 ノルマを考えれば、貰えるものは貰っておいた方が良い。しかも、恩人が本気で困っている様子だ。アシュレイとしては断る理由がない。とはいえ、怪鳥については本当に何もしていないので、さすがに戸惑ってしまう。


「まあ、わかりましたけど……」

「ホントか、助かったぜ! 探索に付き合えなくてすまんな。俺は明日から自堕落生活だ。またレーヴェルさんにうるさく言われちゃうなぁ……」

「はぁ」


 普通ならばあり得ない悩みを聞かされてアシュレイは間の抜けた返事をすることしかできなかった。ノルマに追われる者となるべく稼ぎたくない者。あまりにも考えの異なる両者がわかり合うことはできないのだ。

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