22. 配分は半々で
ギルフィスの先導で森の奥へと進んでいく。
「ぼちぼち敵が強くなるぞ。気をつけろよ」
「わかった」
洞窟型や迷宮型の魔窟は、階層を移動することによって、層が切り替わったと認識しやすい。一方で地形再現型の魔窟は、層の境界が曖昧なことが多く、突然強敵に襲われることがある。“大蛇の森”も明確な区切りがないタイプで、油断するなとギルフィスから警告が入った。改めて気を引き締める。
それから少し進んだところで、ギルフィスが足を止めた。
「いるな。前方やや右よりから、ゆっくりこっちに向かってくる。わかるか?」
「……まだわからないよ」
「だったら、影装を纏ってみろ」
言われたとおりに羽根帽子を具現化すると、アシュレイにもわかった。
「三体、こっちに来てるね。これは……飛んでる? 蛇が?」
「リッパービートルだ。虫だな。ここからは蛇以外も出る……というか、あまり蛇要素はないぞ」
「そうなんだ」
羽音と魔窟の名前から羽根の生えた蛇を想像していたが、虫型の魔物らしい。とはいえ、魔物は何でもありだ。たまたまそうじゃなかったというだけで、羽根の生えた蛇がいてもおかしくはない。
「どんな魔物?」
「ここらじゃ一番厄介だな。小さくて素早い上に、風の刃を飛ばしてくる。不可視ってわけじゃないから、避けられないわけじゃないけどな。背後から狙われると厄介だから、位置関係は常に意識しとけよ」
「わかった」
情報を聞き出している間に、羽音が聞こえてきた。途中から移動速度が上がったので、敵もこちらに気づいたということなのだろう。
「あれか。本当に小さいね」
リッパービートルは握った拳と同程度の大きさだ。虫にしては大きいが、魔物としては小さい。しかも、飛ぶとなると、確かに攻撃を当てづらそうだ。
「初めてだから、今回は俺が二匹やるぞ。一匹残すから、アシュ坊はそれをやれ」
「わかった」
「じゃあ、行くぞ!」
返事をするや否や、ギルフィスが飛び出す。いつの間にか纏っていたらしい影装は黒いブーツ。脚力が強化されているのか、雷光の如き速度で一瞬にして距離が縮まった。傍から見ていたアシュレイでさえ目で追い切れない速度だ。標的とされたリッパービートルには何が起きたのかもわからなかっただろう。剣が一振りされ、そのまま流れるように切り上げられる。V字の軌跡で二匹の甲虫が切り裂かれ、地面に落ちた。
「じゃあ、あとは任せたぞ」
「うん!」
あまりにも素早い。実力の差をまざまざと見せつけられる形になったアシュレイだが、その程度で気後れするような性格ではない。むしろ奮起して、残る一匹を睨み付ける。対するリッパービートルも、近くにいるギルフィスには目もくれず、アシュレイを標的と定めたようだ。仲間の仇よりも与しやすそうな相手を優先したのだとしたら、虫のくせになかなか賢い。
「……っと!」
最短距離でナイフをお見舞いしようと駆けだした瞬間、嫌な予感がした。直後、薄らと白い風の刃が標的の正面に生み出される。反射的に回避行動をとったアシュレイは少し遅れてブンという風切り音を左耳で聞いた。
思っていたよりも遅い。あれなら、余裕を持って避けられそうだ。直前に見たギルフィスの踏み込みが印象的すぎて、警戒しすぎていたらしい。
と考えている間にも足は止めていない。あと少しでアシュレイのナイフが届くという状況になってもリッパービートルはまごついているだけだ。どうやら、風の刃以外の攻撃手段を持たないらしい。しかも、短期間での連続発動もできない。
これならば一対一で負けることはないなとアシュレイは分析する。怖いのは複数のとき、別の魔物の相手をしているタイミングで横から狙われることだろう。
いざ、攻撃というタイミングでようやくリッパービートルが逃げだそうとするが――遅い。
「はっ!」
動きを読み切ったアシュレイが、ナイフを振るう。その刃は的確にリッパービートルの羽根の付け根を切り裂いた。飛べずに落ちるその体に、追い打ちの一刺し。リッパービートルは真っ二つに切断されて動かなくなった。
「よし上出来だ。一匹なら問題はないな。しばらくはここで狩るか」
「そうしたいかな」
「了解だ。それくらい動けるなら配分も半々でいいだろ」
「ありがたいけど、ギルフィスさんはそれでいいの?」
ランクもそうだが、戦闘力もギルフィスの方が圧倒的に高い。戦闘の貢献点で配分を考えるなら、1:2でももらいすぎだ。
しかし、ギルフィスは気にするなと言って、ヒラヒラと手を振る。
「全然構わん。というか、稼ぎすぎたら困るんだ。今月は稼いじゃいけない月だからな」
つまり、ランク維持のために稼ぎを抑制したいという話らしい。ノルマで苦労するアシュレイからすれば贅沢な悩みだ。
とはいえ、提案自体はありがたい。
「……そういうことならもらっておくよ」
「アシュ坊の取り分をもっと増やしてやってもいいんだがなぁ」
「さすがにそれはね」
ディガーの成果の配分に関しては細かい決まりがあるわけではないが、上級者の取り分を低く設定するというのはまずありえない。同じチーム所属で指導のために帯同したというような状況ならば別だが。
普通と違うことをすれば、行政府の目にとまる可能性がある。今のところ、ルール違反をしているわけではないが、秘密の多い二人はそれを嫌って取り分は半々ということに決めた。
さらに奥地まで進んで敵を狩る。ギルフィスが言うには、すでに“大蛇の森”の最深部に近いらしい。
「意外に狭いんだね」
「迷宮型と違って、真っ直ぐ奥を目指せるからだろうなぁ。まあ、それにしたって、ここは狭い方なんじゃないかと思うが」
ギルフィスもここ以外の地形再現型魔窟については詳しくないらしく、その言葉は曖昧だ。そもそも地形再現型が増え始めるのは、中級以降と言われている。瑠璃級では珍しい存在なので、比較対象がほとんどない。
「倒せなくはないけど、僕一人だと厳しいな。ここって、何級くらいなの?」
「ギリギリ藍玉に届くかってところか? 知らないよ、俺だって瑠璃級なんだから」
「それもそっか」
ディガーのランクは七段階だ。下から順に三つが水晶、瑠璃、黄玉。正式な区分けではないが、これらが下級と呼ばれる。藍玉、蒼玉が中級扱い。残る紅玉と翡翠が上級となる。
藍玉級の魔物が倒せるのなら、中級ディガー並の実力と言える。だが、アシュレイがそう名乗るにはまだ今ひとつ力不足だ。ギルフィスのフォローがなければ危ういことが何度かあったので、胸を張って倒せるとは言いづらい。
一方で、ギルフィスは軽々と魔物を倒す。しかも、アシュレイを見守り、必要ならば手助けをする余裕があった。
実力差は歴然だ。ディガー歴を考えれば当然なのだが、こうして明確に見えると焦りを覚える。仲間が戻るまで“地底の綺羅星”を守るためには、まだまだ強さが必要だ。ノルマのためにも、強くなるためにも、アシュレイは張り切って敵を狩った。
「この辺で切り上げようぜ、アシュ坊」
「まだまだいけるよ!」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺はここで一泊する気はないぞ」
ギルフィスが懐から取りだした装飾品を掲げて見せる。円形のプレートの真ん中にあしらわれているのは巡光石だ。その輝きから、今が夕暮れどきであることを告げている。
「あ、もうそんな時間なんだ……」
ここは魔窟の最深部近く。入り口まで戻るにも、それなりの時間がかかる。野営するつもりでなければ、引き返さなければならない。
「もう充分狩っただろ。袋が一杯だぞ」
「うーん、確かに」
アシュレイが心臓石を納めるために用意した革袋はすでに満杯だ。ギルフィスの方も似たような状況だった。戻るには良いタイミングだろう。
「明日までにもっと大きな袋を用意しないと……」
今日の探索は前半がスローペースだった。アシュレイの実力を見る必要もあったので、しばらく浅い層にとどまっていたからだ。明日、明後日もギルフィスが付き合ってくれるという話なので、この機会を逃すわけにはいかない。袋の確保は急務だ。
「マジかよ、やる気だなぁ……っと」
張り切るアシュレイを呆れた様子で眺めていたギルフィスが、不意に表情を険しくした。ちらりと一瞬、戻る先とは別の方向を見て、声を低くする。
「ヤバいのがいるな……影装を纏え。逃げるぞ」
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