21. 言質はとった
その後は、アシュレイも能力を隠すことを念頭に置いた動きを意識した。不意打ちを受けた場合も、即座に反撃するのではなく、まずは影装を纏うことを優先する。アシュレイの実力があれば、順当なやり方でも充分に対応ができた。ワイルドスネークの他にも、毒蛇のハイドヴァイパーや魔法の石つぶてを飛ばしてくる石弾蛇に遭遇したが、それらの対処も危なげない。
一通り戦って見せたところで、ギルフィスが改めてアシュレイの戦闘能力を評価した。
「なるほどな。単独でそれだけ戦えるなら、確かに水晶級の魔窟じゃ物足りないだろうな。これなら黄玉級でも戦えそうだな」
「本当ですか!」
望んでいた言葉を引き出せたことで、アシュレイの顔に笑みが浮かぶ。その様子を見たギルフィスが、口元を楽しげに歪ませた。
「ははぁん。アシュ坊は黄玉級に挑みたいのか。まあ、ランクが高くなるほど稼ぎはよくなるからなぁ」
「そうなんです。明日は黄玉級に挑みませんか……?」
窺うようにギルフィスの顔を仰ぎ見る。機嫌の良さそうな顔に、交渉が上手くいくのではないかとアシュレイは期待した。だが、返ってきたのは真逆の答えだ。
「ははは、気持ちはわかるぞ。だが、無理だ」
「な、何でですか!」
「それはな……俺が瑠璃級だからだ!」
「はぇ?」
予想外の理由に奇妙な声が漏れた。瑠璃級は水晶級の一つ上のランク。つまり、これほどまでにベテラン感を出しているのに、ギルフィスとアシュレイのランク差はほとんどないのである。
「嘘ですよね?」
「驚いたか? 驚いただろ? ははは!」
「この人は……」
信じられないという顔をするアシュレイを見て、ギルフィスが大笑いしている。期待した通りの反応が返ってきてご機嫌なのだろう。呆れた視線を送ると、それを見てさらに笑う。どうやら、変なツボに入ってしまったらしい。
「いひひ……ふふ……ふふふふ!」
「いい加減、笑うのやめてよ」
「す、すまん……あまりにも、ふふふ、良い反応だったから」
「いや、ビックリもするって。瑠璃級でレーヴェルさんの宿屋を利用する人がいるなんて思わなかったから」
散々驚かされ、呆れさせられた。何だか敬語を使うのも癪になってきたので、アシュレイは砕けた喋り方をすることにした。
とはいえ、決してギルフィスを侮ったわけではない。ランクはともかく、ディガーとしての実力は高いと判断している。ワイルドスネークの奇襲を受けても、微塵も動揺しないのは相応の実力を備えている証。そもそも、上級者向けの宿を利用できるほど稼いでいる者が、瑠璃級相当の実力しかないわけがないのだ。
だが、それだけに不思議だった。
「どうやってランクを維持しているの? それだけ稼いでいたら勝手に上がるよね?」
ディガーのランクに応じて、課せられるノルマも上昇する。上がりを増やしたい行政府としては、ディガーの昇格を渋る理由はない。従って、ランク上昇にも申請は必要ない。稼ぐとディガーのランクは行政府が勝手に上げるのだ。
「普通にやってればな。だが、別にランクを維持するのは難しくないぞ。時折適度に手を抜けばいいんだ」
ザインゲヘナにおいて、ディガーに課せられる税は金銭ではなく貢献点だ。魔窟で手に入る種々の素材や不思議な道具はザインゲヘナ行政府の評価付けによって貢献点が算定されるので、それらを納めることで税を支払ったと見なされる。
税として徴収される貢献点はランクに応じたノルマに加え、それを超過した分の六割だ。このとき追加で納めた貢献点が三か月連続で一定ラインを越えると昇格となる。つまり、それを逆手にとれば低ランクを維持することが可能なのだ。
「つまり、三回に一回は基準を下回ればいいってこと?」
「そういうことだな」
「なるほど……でも、あまりメリットがあるように思えないけど」
膨大なノルマを背負うアシュレイは、必要ならばグレーな手段でも使う気である。しかし、低ランクを維持する意義を見いだせなかった。ノルマは抑えられるだろうが、探索できる魔窟を制限されるデメリットの方が大きい。
合同探索ならば自分のノルマが高い必要はないが、そうなると自分の都合では動きづらい。また、相手側も、節税のために低ランクにとどまっているとわかれば良い気はしないだろう。
短期間だけならばともかく、長期的には昇格した方が稼ぎやすいはずだ。
「まあ、稼ぐという意味ならばそうだな。でも俺は個人活動が好きだからなぁ」
「うん。それで?」
「俺は優秀だから、その気になればポンポン昇格すると思うんだよ」
「んん?」
「そしたら、周りも俺の才能に気づいて、有力チームから次々に勧誘される未来が見えるだろ? いちいちお断りするのは面倒だ。だったら、低ランクにとどまっていた方がいいってことさ」
「……なるほど」
レーヴェルの言っていた通り、変わり者だ。それが、アシュレイの出した結論である。
「昇格しない理由はわかったけど、それならどうやって稼いでるの?」
低ランクの魔窟では稼げないというのが常識だ。しかし、目の前の男は、それを覆している。アシュレイにとっては看過できない情報だった。
「別に難しいことじゃないって。魔窟をちょっと深くまで潜ればいいのさ」
「……やっぱり、それかぁ」
「深く潜ることに関してはランクが関係ないからな」
ギルフィスは情報を秘匿することなく答える。何故かと言えば、隠すこともない話だったからだ。
当然、アシュレイも考えたことはある。いつか折りを見て実行しようと考えていた案だ。
魔窟は危険度に応じてランク付けされている。が、その評価はあくまで浅層部分のもの。魔窟全体の危険度を示したものではない。
一般的に深く潜るほどに魔窟は危険度を増していく。つまり、低ランクの魔窟でも、奥まで潜れば、強い魔物と遭遇できるのだ。心臓石は大凡敵の強さに比例して大きさや輝きが増し、行政府の査定も良くなるので、必然的に稼ぎも良くなるという寸法だ。もちろん、強敵に勝てれば、という前提はあるが。
アシュレイならば実力は充分にある。ならば何故やらないかと言えば、水晶級の魔窟は浅層から深層まで危険度があまり変わらないからだ。そもそも、さほど広くもない。奥地にとどまっても得られる成果は瑠璃級魔窟に届かないくらい。ノルマまであと少し届かないというような状況ならともかく、稼ぎの主軸にするほどではないのだ。
せめてやるなら、瑠璃級以上。だが、それではアシュレイ一人で潜れない。“無敵モグラ団”の年少班を巻き込めば実現できなくはないが、それは気が引ける。彼らは優秀だがランク相応の実力だ。一、二度試しに戦ってみるくらいならばともかく、腰を据えて探索するのは難しい。もし昨日のようなハプニングが起きれば、全滅もありうる。
だが、ギルフィスならばどうか。本人の口ぶりからすると、すでに実績がありそうだ。ならば巻きこんでも問題はないだろう。
じっと期待の視線を向けると、口が滑ったという表情で頭を掻いた。
「あー……まあ、ちょっと奥まで進んでみるか?」
「もちろん!」
気乗りしないといった様子ではあったが、言質を取ってしまえばこちらのものだ。アシュレイは一も二もなく提案に飛びついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます