20. アシュレイの実力
“大蛇の森”は広大な森が再現された魔窟だ。その名の通り、主な敵は大蛇ワイルドスネーク。全長が二メールにも及ぶ大型の蛇である。牙の攻撃と巻き付きが強力で、それでいて隠密能力も高い。草むらに潜伏するワイルドスネークに気づけずに素通りしてしまうと、背後から首に巻き付かれて危険だ。隊列の後衛に立つのは魔戦型のような筋力の強化が弱い影装の持ち主である場合が多いので、振りほどけずに窒息してしまうこともある。斥候による索敵が非常に重要となる魔窟だ。
その点、アシュレイにとってはやりやすい。彼の【曲芸師の羽根帽子】は攻撃型影装だが、斥候能力も高めだ。さらに、影装部位が頭なのも有利に働く。
影装は纏う部位が最も強化される傾向がある。鎧ならば体の、兜なら頭の強化率が高いというわけだ。強化の内容も一律ではなく、影装の型に影響される。例えば、手甲のような腕部位の影装の場合、攻撃型ならば腕力、斥候型なら器用さが強化されるといった具合だ。もっとも、あくまで“傾向”ではあるが。
アシュレイの羽根帽子は頭部位。実を言うと、攻撃型の頭部位はハズレ扱いされることが多い。
腕ならばわかりやすく攻撃力に繋がる。体部位ならば当たり負けしなくなるので、これもまた有用だ。足部位は純粋なパワーファイターにはあまり人気がないが、足で掻き乱すタイプの斥候寄りもしくは踏ん張って受けてカウンターで返す防御寄りだと活きる。
翻って頭部位はというと、攻撃型ではあまり恩恵がない。一説によれば、恐怖に立ち向かう心が強化されるなどと言われるが、真偽は不明。そのため、他のもっとわかりやすい部位が評価されるわけだ。
だが、アシュレイの場合、斥候寄りの影装だったことが幸いして、もっとわかりやすい恩恵があった。それが知覚能力の強化。敵の動きを見極めたり、気配を察知したりに役立つ能力だ。本職の斥候並みとはいかないが、かなり精度は高い。特に、自分自身に降りかかる危機には敏感だ。
結果として――
「はっ!」
今も背後から忍び寄ってきたワイルドスネークを振り向きざまに斬りつけた。奇襲するつもりでいたワイルドスネークは逆に攻撃を受けることになって、戸惑い動けない。そこに二、三度ナイフを煌めかせるだけで、勝負はあっさりと決まった。
隣で見ていたギルフィスも、感心した様子だ。顎を撫でつつ結果を称賛した。
「やるなぁ。とても水晶級の新人とは思えない」
「ありがとうございます!」
実力を評価されたと、アシュレイは素直に喜んだ。しかし、すぐにドキリとさせられることになる。
「まあ、影装もなしでそれは、さすがに出来過ぎな気もするけどなぁ。そういうところは、もう少し気をつけた方がいいぞ」
ニヤッと笑うギルフィスに、うっと言葉が詰まった。
影装は具現化してこそ本来の性能を発揮できる。だが、長時間具現化したままでいると、精神を激しく消耗してしまう。つまり、探索中ずっと具現化しておくというのは現実的ではない。戦闘時などに必要に応じて纏うのが一般的だ。
奇襲への対応が難しい理由がここにある。影装を纏わないまま戦闘に入るので、初動を本来の能力を発揮できない状態で乗り切らなければならないのだ。
ところが、アシュレイは鮮やかに対応して見せた。しかも、影装を纏わないままで。
アシュレイが筋骨隆々の大男ならば、さほど違和感がなかったかもしれない。だが、彼は小柄な少年だ。いくら鍛えているとはいえ、筋力面では大人には叶わない。だというのに、大蛇を数度斬りつけただけで仕留めるというのは、普通に考えれば異常だ。
影装は馴染めば馴染むほど力を発揮するので、ベテランディガーには具現化しない状態でも大蛇を圧倒するくらいの強化補正を得ている者もいる。だが、多少の見習い期間があったとしても、新人のアシュレイがその活きに達するには早すぎるのだ。
実のところ、アシュレイは奇襲を受ける前からワイルドスネークの存在に気づいていた。そのときに影装を纏っておくべきだったのだ。敵に奇襲失敗を悟らせることになるが、それが本来の立ち回りである。だが、実力を見せるということに意識が働いたせいで、ついつい効率的に狩ろうとしてしまった。
奇襲に気づいていることを悟らせず、逆に不意をつく。アシュレイの思惑通り、大蛇を簡単に仕留められた。だがそれが、自分の特異性を知らしめる結果となってしまったというわけだ。
「そ、それは……」
「あ、誤解するなよ」
言い淀むアシュレイに、ギルフィスが手のひらを突きつける。待てのポーズだ。
「別にアシュ坊の秘密を暴きたいってわけじゃないんだ。あえて指摘したのは、指導の一環だな。秘密はちゃんと隠さないと。いつも見てるヤツがいるだろ?」
ギルフィスが空を指さす。釣られて上を見ると、ちょうどウォッチバードが降りてきたところだった。
「そんなところまで見てるんでしょうか?」
「さあな。でも、見てると思って行動しておいた方がいいぞ。衛兵には気の良いヤツが多いが、それ以外のヤツらはディガーをどう利用するかってことしか考えてないからな。つけいる隙は見せない方が良い」
あからさまな批判にアシュレイはぎょっとした。つけいる隙を見せるなと言った当人が危うい言葉をしている。
その反応が予想通りだったのか、ギルフィスがニヤッと笑う。
「ははは、この個体は大丈夫だぞ。ウォッチバードは作り手によって個体差が大きいんだ。コイツは声までは拾ってないな。だから、なにを喋っても大丈夫だ」
「そうなんですね」
造形に差があるのはついこの間知ったが、まさか機能にまで差があるとは思わなかった。
「よく知っていますね」
「そりゃそうよ。敵の情報を探るってのは、戦術の基本だぞ」
「そ、そうですね」
意識してのことか、無意識か。ギルフィスが行政府をはっきり“敵”と言ったので、アシュレイは思わず目を泳がせた。ウォッチバードのスペックが彼の言ったとおりならば、今の言葉も監視者には届かないのだろうが、よくここまであけっぴろげに言えるものだと呆れるやら感心するやらだ。
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