19. 大蛇の森
二人がやってきたのは、レーヴェルの宿から少し歩いた街の外れ。この辺りまで来ると建物はなく、天然洞窟そのものといった様相だ。ザインゲヘナはアビスを抉る巨大な横穴に築かれた都市なので、その終端には岩肌剥き出しの壁がある。つまりはここがそうだ。
このまま壁越しに歩けばアビスを螺旋状に降りる道へと繋がる。が、今回はそこまで行く必要はない。壁面には幾つかの洞穴がぽっかりと口を開けてディガーを誘っている。その中の一つが、目的の魔窟だ。
魔窟の入り口は闇で満たしたように真っ暗で、外からでは中の様子がわからない。そのため、魔窟の前には立て看板が設置してあった。記してあるのは魔窟の名前とランクである。当然ながら、この立て札を隣と取り替えるような悪戯は厳禁。やれば一発で懲罰チーム行きだ。
「おっと、ここだな」
その一つを前にして、ギルフィスが足を止めた。看板には“大蛇の森”とある。ランクは瑠璃級で、最下級の水晶級の一つ上だ。
魔窟のランクは概ね出現する魔物の危険度を表しており、未熟なディガーの立ち入りを制限するために設定されている。具体的には、同ランク以上のディガーでなければ侵入禁止ということだ。
とはいえ、強い強制力はない。アシュレイたちがやろうとしているように、上位ランクの者を伴えば本来は侵入資格のない魔窟にも入れるのだ。
かなりザルな仕組みだが、これはある意味では仕方がない。ディガーの数に対して、伯爵家から派遣される行政官は少数だ。全員のランクをチェックして探索の許可を出すなどという細かい仕事までは手が回らない。無謀な探索で労働力が減るのも困るので一応のランク指定はしておくが、そこから先は自己責任で。これがザインゲヘナ行政府の基本スタンスである。
「ウォッチバードは俺が呼ぶぞ」
「じゃないと、入れないですよ」
「ああ、そりゃそうか」
ギルフィスが取りだしたのは小さな笛だ。口に咥えて吹くような仕草をするが、音は出ない。人には聞こえない音が鳴っているとか、音じゃなくて魔力波を出しているとか。アシュレイも幾つかの説を聞いたことがあるが、真偽は定かではない。ともかく、あの笛を吹けば、ウォッチバードが現れるという仕組みだ。
しばらく待つと、出来損ないの粘土細工のような物体が空から降ってきた。これがギルフィスのウォッチバードらしい。この個体は極端だが、多くの場合、作りは雑で人工物だとはっきりわかるのが普通だ。本物の鳥と見紛うような無駄に凝った個体は稀なのである。
ギルフィスが魔窟を指さすと、ウォッチバードがそれを見てちょこちょこ頭を上下させた。入って良しの合図である。
「じゃあ、入るか。さて、アシュ坊はどんな反応を見せるかな?」
にやにや笑いながら、ギルフィスがさっさと魔窟に入っていく。その姿は闇に飲まれてすぐに見えなくなった。慌てて、アシュレイもあとを追う。視界が黒一色で塗りつぶされるが、それでも足を止めずに進めば、すぐに闇は晴れる。代わりに視界に飛び込んできたのは、緑の世界。闇の向こうは森だった。
「……あれ、反応が薄いな」
すぐそばから聞こえてきた声に視線を向けると、ギルフィスが浮かない顔で首を傾げている。穴の先に森があれば、初見の者は大抵驚く。その反応を見て楽しむつもりだったのだろう。
「地形再現型の魔窟は初めてではないので」
その手に乗るものかと、アシュレイは努めて冷静に返事をする。
魔窟に入る前の台詞でギルフィスの思惑もわかっていた。狙い通りの反応を返すのは癪だったので、事前に心構えをしていたのだ。そうでなければ、それなりに驚いたことだろう。狭い穴を抜けた先に広大な森が広がっているという光景は、わかっていても実際に目にすれば衝撃がある。
「なんで……ああ、そういえば、見習い期間がそれなりにあったんだったか」
「そういうことです」
「なんだよ。面白くないなぁ」
子供のように唇を尖らせるギルフィスにジト目を向けてみるも、当人はどこ吹く風。こういう人なのだと諦めて、アシュレイは視線を背後に向ける。
そこには、黒い
「まぁ、いいさ。じゃあ、今日はここで探索だな。アシュ坊の実力を見るために、しばらく俺は手出ししないってことでいいか?」
「はい、かまいません」
気を取り直したギルフィスが方針を提案してくる。さすがに、魔窟探索に関しては真面目にやるらしい。異論はないので素直に頷いた。
実力を見てもらえるのは、願ったり叶ったりだ。アシュレイは見習い期間も長く、その間もしっかり鍛えていたので新米ディガーとは言っても実力は高い。ここで結果を出せば、もうひとつ上――黄玉級の魔窟に連れて行ってもらえるかもしれない。
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