18. 変わり者のディガー

「今日はどういう用事で来たのかしら? 宿としてのご利用……ではないわよね?」

「はい。実は――」


 特に隠すことでもないので来訪の目的を素直に告げる。話し終わったとき、レーヴェルの顔は少し曇っていた。


「そういうこと。でも、うちで探すのは厳しいんじゃないかしら?」

「やっぱりですか?」

「ランクが違うし、面倒見が良いのもいないのよねぇ」


 個人ディガー向けの宿にもグレードというものがある。レーヴェルの経営する“赤龍の息吹”は比較的高グレード――有り体に言えばサービスも良いが値段も高いという位置づけだ。利用するディガーは金払いの良い、つまりはランクの高いディガーということになる。新米ディガーとはランクの釣り合いがとれないのだ。


 また、チームに属していないディガーは個人主義者が多い。レーヴェルの目から見て、儲け度外視で新人の面倒を見てくれそうなディガーはいないようだ。


「そうですか。まあ、レーヴェルさんに挨拶できただけでも良かったです」

「役に立てなくてごめんなさいね。あまり無理をしないように――」

「おーい、レーヴェルさん。酒売ってくれない?」


 アシュレイが諦めて次のあてを探そうとしたとき、受付の隣の階段から背の高い男が降りてきた。酒を要求されたレーヴェルは挨拶を中断し、慣れた様子で男を怒鳴りつける。


「ギル! あなた、朝っぱらから何を言ってんの! 酒ばっかり飲んでないで、働きなさいな! 実力はあるんだから」

「いやいや、ちゃんと働いてるって。だからこそ、ここで世話にもなれるし、酒だって飲めるんだよ。おっと?」


 にやにやと笑いながら反論した男は、ここでようやくアシュレイの存在に気がついたらしい。不思議そうな顔で首を傾げた。


「君は……最近見なかったけど、ここで働いてた子だよなぁ? もしかして、ディガーになったのか?」

「はい、そうです」


 男は宿の常連だ。名前はギルフィス。ぼさぼさの頭に無精髭。身だしなみに興味などなさそうなのに、やけに洒落た頭飾りを身につけている。いわゆるサークレットと呼ばれる類のものだ。それもあって、アシュレイも男のことはよく覚えていた。


「だけど、新人にここの宿は厳しいんじゃない?」

「いえ、泊まるわけではなくって」

「ああ、そうだわ。ギルがいたわね!」


 事情説明を遮るように、レーヴェルが大声を上げる。何事かと、アシュレイとギルフィスの視線が彼女に集まった。


「俺がどうしたって?」

「あなた、酒なんか飲んでる暇があるなら、アシュレイの魔窟探索に付き合いなさい!」


 ベテランディガーすら竦ませそうな鋭い視線で凄むレーヴェル。しかし、ギルフィスは飄々とした態度を崩さない。 


「なんかって……おいおい、酒を馬鹿にするのはよくないぞ。これほど偉大なものなんて他にはほとんどないんだから」

「酒を馬鹿にするわけないでしょ。うちの稼ぎ頭なのよ? 馬鹿にしてるとしたら、あなたのだらしない生活! って、そんなことはどうでもいいの」

「ちょいと酷くないかな? ディスっておいて、どうでもいいとか」


 意外と息のあった軽妙な掛け合いだなぁと感心するアシュレイだったが、当人であるレーヴェルの意見は別だったようだ。少しも話が進まないことに高まった苛立ちが、ただでさえ鋭い目を釣り上げさせ、握った拳をわなわなと震わせる。


「あなたね。ちょっとは話を……!」

「おっと、まぁ落ち着きなって。で、魔窟が何だって」


 だが、ギルフィスとて経験豊かなディガーだ。一つの油断で命を失うこともある魔窟で生き残るには危機察知能力は必要不可欠。これ以上は女傑の怒りが爆発する。そのギリギリを見極めると、へらへらした顔を瞬時に引き締めた。


 怒りをぶつけようとした瞬間にすかされたレーヴェルは、深いため息を吐く。


「……はぁ、疲れるわね。ごめんなさい、アシュレイ。あなたから説明してやって」

「あ、はい。ええと、実はですね――」


 説明の前に疲れ果てたレーヴェルに代わって、アシュレイが事情を説明する。もとより自分のことなので、それを厭う理由はない。ギルフィスも表面的には真面目な顔のまま話を聞いたので、説明はあっさり終わった。


「なるほどねぇ。つまりは新米ディガーのアシュ坊と魔窟に潜ってくれる変わり者を探してるってわけか」

「そ、そうですね」


 ギルフィスの言葉にアシュレイは怯む。身も蓋もないが、紛れもない事実だった。こうして客観的に聞かされると無茶な要求をしていることを自覚せざるを得ない。


「もちろん、配分に関してはお互いのランクを考慮しますけど……」

「あー、待ってくれ。別に配分とかはどうでもいいんだ。ちょっとだけ考えさせてくれ」

「え?」


 意外な言葉に、アシュレイの目が丸くなる。考慮にも値しないとでも言われるかと思いきや、ギルフィスは真剣に検討してくれているらしい。アシュレイを上から下から眺めて、ううむと唸っている。


「アシュ坊は目が綺麗だな」

「はぁ。ありがとうございます?」


 じっと目を覗き込まれて、落ち着かない気分になりつつも、礼を言う。が、ギルフィスのチェックはそれにとどまらなかった。無造作にアシュレイの頭へと手を伸ばすと、わしゃわしゃとかき回す。


「なるほど。頭は撫でやすい、と」


 真剣な顔つきで、何かを考え込むようなギルフィス。しかし、アシュレイにはその意図がさっぱりわからない。


「……これ、何の意味があるんですか?」

「これか? そんなの決まってるだろ。意味なんてない」

「ないんですか!?」


 にやにや笑う顔に、どうやら揶揄われていたのだと悟る。


「もう、いいですよ……」

「ああ、すまんすまん。怒るなって。お詫びに探索には付き合ってやるから」

「そうですか……って、えぇ!?」


 適当に流しかけたところで、聞き逃せない言葉を聞く。アシュレイの反応にまたにやにやと笑うものだから、本気かどうか判断がつかない。だが。前言を撤回するつもりはないらしく、これからすぐに近場の魔窟にでかけることになった。


「ありがたいですけど……でもどうして一緒に潜ってくれる気になったんですか?」

「そりゃあもちろん、俺が心優しいお兄さんだからに決まってるだろ。まあ、新人の面倒ぐらいは見てやるさ」

「……そうなんですね」


 普段のアシュレイなら、その言葉に素直に感謝しただろう。しかし、揶揄われたあとでは裏があるのではと勘ぐってしまう。そこにレーヴェルが安心しなさいと声をかけた。


「本人も言ってたでしょ。変わり者を探して、それが見つかったってだけの話よ」

「なるほど」


 思わず納得したアシュレイがポンと手を打つ。当のギルフィスは苦笑いを浮かべるだけで、否定はしなかった。

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