15. 無駄に疲れた

「終わったぁ」

「マジで、しんどかった」


 最後のケイブスパイダーを倒した途端、全員で座り込んだ。


 まさに激闘だった。死者こそ出なかったものの、皆一様に負傷している。特に酷いのがルドで、体全体に蜘蛛の牙による裂傷が目立つ。マルクとメリアも何度か噛まれたらしく血が滲んでいた。アシュレイも直接的な攻撃は受けていないはずなのだが、腕や脚に幾つもの擦り傷ができている。魔窟の壁やリザルスの鱗によって、いつの間にか傷つけられていたらしい。もしかすると、気絶中の二人が一番軽傷かもしれない。


 ここはまだ魔窟の中。広間の魔物は全滅させたが、絶対安全とは言い切れない。休息をとる前にやるべきことはあるのだが、それでも体力切れの体は言うことを聞いてくれなかった。


「とりあえず、休もう。影装は傷が癒えるまで維持しておいてね」

「この傷じゃ、完全治癒までは維持できないぞ」

「精神力を使い切ってもいいよ。まずは治療を優先」

「おう。わかった」


 影装で治癒力を高めると、その分、精神を消耗する。ルドの傷はこの探索中に完治させるのは難しそうだ。その前に、精神が摩耗し影装を維持できなくなる。それでも、アシュレイは治癒の優先を指示した。傷が残っていれば、動きが鈍る。いざというとき、そのせいで逃げ遅れる事態は避けたい。


 疲労からか、全員がぼんやりとしている。そんなとき、マルクがぽつりと呟いた。


「アシュレイがいてくれて助かったぜ。じゃなきゃ全滅してた」

「そうだな。普通なら見捨てられてもおかしくない状況だった。ありがとうな」


 ルドまでが真面目な顔で同意する。素直な感謝の気持ちが伝わってきて、アシュレイはどうにもくすぐったい。


 彼らの言っていることはわかる。合同で探索しているとはいえ、アシュレイは別チームの人間だ。あまり褒められたことではないが、危機的状況に陥ったとき自分の命を優先することは間違った判断とも言いにくい。さきほどの状況では、アシュレイが一人で数多くの魔物を屠っている。彼一人なら安全に退避できたのはルドたちも理解していた。それ故の言葉だ。


 しかし、アシュレイにとっては考慮に値しない仮定だ。能力の使用こそ躊躇ったものの、彼らを置いて逃げるという選択肢は頭になかった。チームが違ったとしても、彼らは仲間なのだから。


「何を言ってるのさ。だって、僕はリーダーだよ。仲間を見捨てたりはしないよ」

「ははぁ。お前、さては恥ずかしいヤツだな?」

「ははは、いいじゃないか。俺は悪くないと思うぜ、そういうの」


 真っすぐに告げると、マルクは呆れたような表情を浮かべ、ルドは楽しげに笑う。そして、残ったメリアはと言うと、アシュレイを背後に回ると無言で頭を撫で始めた。


「え、なに?」

「良い子ね、良い子」

「えぇ?」


 メリアの突然の奇行に驚くアシュレイだったが、すぐにまあいいかと気にしなくなった。幼い頃からザインゲヘナにいるせいか、それともサイズ感がちょうど良いのか。いろいろな人から頭を撫でられるので、慣れている。


「お前って……大物だな」


 マルクの感想に“まあね”と応えるとますます呆れられてしまったが、それも気にしない。マイペースが信条なのだ。


「ぴぴぴ」


 メリアが満足してアシュレイを解放したころ、入れ替わるようにウォッチバードが現れて、アシュレイの頭にとまった。呑気な鳴き声に、マルクがジト目で抗議する。


「おい、この野郎。いつもいつも戦いが終わったあとに現れやがって。こっちは大変だったんだぞ!」

「ぴぴ?」


 そうなの、と言うようにウォッチバードが首を傾げる。この仕草を可愛らしいと見るか、小憎らしいと見るかは人によるだろう。マルクは毒気を抜かれたように息を吐いた。


「はぁ。まあ、コイツがいたところで戦闘の役には立たないか」

「ぴ!」

「なんだ、文句でもあるのか?」

「ぴぴ! ぴぴぴ!」


 ウォッチバードがパタパタと飛び立つと、今度はリザルスの亡骸に降り立った。くちばしでその亡骸を突いてみせる。それを見た全員がうんざりと顔を歪めた。


「おいおい、もう働けっていうのかよ」

「ぴよ?」

「わかんないって顔してるけど、絶対にわかってるよね、キミ」

「無駄に高性能だもんなぁ」


 魔物の死体は放置していると魔窟に呑まれる。その前に心臓石を確保しなければならないのは事実だ。だが、心身ともに疲れ切っているアシュレイたちに今すぐ働けというのは酷というもの。視線だけの無言の会議で、休憩続行が決まった。ウォッチバードも渋々といった様子で、アシュレイの頭に戻ってくる。そこが定位置らしい。


「それにしても、あの茸、ヤバかったんだな……」


 ポツリと漏らしたのはルドだ。気絶した二人を除いて、この中で一番近い位置で爆発を経験している。その言葉には実感がこもっていた。


「いや、マジだよな。あんなの食べられるわけねぇよ」


 マルクが冗談なのか本気なのかわからない――少なくとも真顔だ――ことを言い出す。メリアがジロリとそちらを睨んだが、何も言わなかった。余計なことに体力を使いたくないのだろう。代わりに口にしたのは別のことだ。


「浅層だと普通はあそこまで派手な爆発はしないはずよ。でも、ときどき中層レベルの茸が混じってるそうなの。今回は、たまたまそれに当たったんでしょうね」

「そうなんだ……」


 アシュレイも聞いていた以上の爆発に驚いていた。あんなものがあちこちに生えているのだとしたら、今後探索する魔窟の候補から外した方が良いと思っていたところだ。今回は単純に運が悪かったということらしい。


「あそこで風が吹かなかったらヤバかったかもなぁ」

「だなぁ」


 続いて話題は、戦闘終盤で突然吹いた風の話に移った。マルクとルドは単純に運が良かったと思っているようだ。だが、メリアは腑に落ちない様子で首を傾げている。


「不思議よね。魔窟の中で風が吹くなんて」

「そうか? 魔窟にだって、風は吹くだろ。“風吹き魔窟”ってのがあるくらいだし」


 マルクはそう言って反論するが、メリアは首を横に振る。


「そういうのとは状況が違うでしょうが。普段は風の流れがない場所で、突然強い風が吹くのがおかしいって言ってんの!」

「お、おう。そうか。そうだよな。うん」


 メリアの語調の変化を感じ取ったマルクは、即座に意見を翻した。


 とはいえ、結局は原因不明という結論になったので、アシュレイはほっとする。


 〈吹き抜けよ風〉は主に魔戦タイプの異能。本来ならば、戦士型影装を宿すアシュレイが扱えるはずがない。行政府やラシュトー伯爵家に知られれば、面倒なことになるのは容易に想像ができる。危機的状況だったので使わざるを得なかったが、メリアやマルクにも秘密にしておきたかった。彼らを信じる信じないの話ではなく、リスク管理の問題だ。知る人が増えるほど、秘密は漏れるものなのだから。


 そっと息を吐くアシュレイの顔色を窺うように、ウォッチバードが頭から降りてきた。そのまま肩を伝って腕までちょこちょこと移動する。


「ぴぴ?」

「え?」

「ぴぴ、ぴよ?」


 手の甲にとまったウォッチバードが、手首を突くような仕草を見せる。まるで、“ここにあったものは何処に消えたの?”とでも言いたげな様子だ。


 ぎくりとした内心を表に出さないよう、自分に言い聞かせる。大丈夫。あの力を使ったのは煙の中で、だ。能力を使ってから直ぐに消したので、見られてはいないはず。


 そもそも、アシュレイの秘密を暴こうとしているとも限らない。単なる気まぐれで手首を突いてみせたという可能性もなくはないのだ。取り乱すのが一番良くない。


「ぴぃ」


 納得したのか、そうでないのか。大きく首を傾げたウォッチバードは定位置に戻っていった。緊張感から解放され体の力が抜けそうになるが、素知らぬ顔で耐え抜く。ウォッチバードがこちらの様子を窺っているのではないかという妄想が頭に過ったのだ。


 ラッドたちが目を覚まし、心臓石や他の採取物を確保する段になってもそんな考えが頭から消えない。そのせいで、アシュレイは妙に緊張したまま過ごすことになった。


 しかし、結局は杞憂だったのだろうというのがアシュレイの結論だ。それ以降、ウォッチバードが怪しげな動きを見せることはなかった。何事もなく“地底の綺羅星”の拠点まで戻ったアシュレイは、居間のソファに崩れ落ちるかのようにして身を委ねる。そして、無駄に疲れたと大きなため息を吐くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る