8. 団長への報告
探索を追えたアシュレイたちは、無敵モグラ団の拠点に帰還した。アシュレイも同行したのは稼ぎの分配と、団長への報告のためだ。
分配の方はすぐに終わった。というのも、めぼしい成果が心臓石しかなかったのだ。本来ならば、最後の大部屋で資源を採取する予定だったのだが、あいにくと空振りに終わった。残念だが、これもまたよくあることである。
よほどマイナーな魔窟でない限り、単独チームで独占的に探索できることはない。運悪く探索時期が被って、直前に探索したチームに資源を根こそぎ持って行かれているなんてことは珍しいことではないのだ。従って、基本的に手堅く成果を上げるディガーは、心臓石以外の採取物をおまけ程度にしか思っていない。運良く手に入ればラッキーだという感覚だ。
実際、魔窟の資源が得られるかどうかは運によるところが多い。一度採取しても、時間が経てば復活するのだが、その周期は不定。資源が復活したタイミングを狙い澄まして採取する、なんてことはできない。
というわけで、成果は乏しかったが、想定内といえば想定内。モウスを除く5人で均等に配分して終わりだった。
「なぁ、アシュレイ。せっかくだから、打ち上げでもしようぜ」
「え? ああ、うん。打ち上げかぁ」
解散前にラッドに呼び止められた。ルド、マルクも楽しげにアシュレイを見ている。ウーノは無表情だが、しきりに頷いているので、異論はないのだろう。
自分が歓迎されているのだとわかるので、悪い気分ではない。しかし、それだけに心苦しかった。打ち上げという響きには惹かれるものはあるのだが、アシュレイには高い高いノルマの壁があるのだ。それを越えるためには無駄な出費を抑える必要がある。
「なんだ、乗り気じゃないのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……実はあんまり余裕がないんだよね」
「そうなのか? でも、俺たちよりランクは下なんだから、ノルマは少ないはずだろ」
「それはそうなんだけどね……」
アシュレイの事情は、ラッドたちには伝えていない。なので、彼が想定しているのは個人ノルマのみ。もしくは、それに加えてチームノルマの一部負担だろう。“無敵モグラ団”は20人以上が所属する大所帯なので、チームノルマの分担はかなり軽く、そもそも年少組には割り当てられていない。まさか、それを一人で負担する気でいるなどと想像もつかないだろう。
チームの懐事情に関わることなので話していなかったが、簡単に説明しておいた方がいいかもしれない。理由もなく断っては心証が悪いだろう。一度だけの付き合いならともかく、これから一ヶ月は行動をともにすることになるのだから。何より、意外と気の良い彼らに嫌われるのは避けたい。
「実はね――」
「アシュレイ、団長に報告しにいくぞ。打ち上げだのはまた別の日にしろ」
「あ、わかりました。ごめん、事情についてはまた今度説明するから」
「お、おう。よくわからんが、わかった」
幸いなことにラッドたちに気分を害した様子はなかった。アシュレイはほっとして、モウスのあとに続く。そのまま団長室へと向かった。
「おう、来たか。問題はなかったようだな」
迎えたのは剃髪したかのように頭部がすっきりとした男、無敵モグラ団の長ボールズだ。不機嫌な表情で黙り込めば凶悪そうに見える顔も、今は笑顔で緩んでいる。それでもその巨漢ゆえに対面する者は威圧されているような感覚に陥るものだが、アシュレイにそんな繊細さはない。笑顔には笑顔で。ニコニコと笑って対応すると、ボールズもまた子供ながらにして豪胆だと機嫌がよくなる。二人の相性は悪くない。
「成果はぼちぼちでしたが、戦闘面で問題らしい問題はありませんでしたね。特に、アシュレイは新人とは思えない立ち回りでしたよ。判断力も優れているのでリーダー向きですね」
「ほう。さすがは“地底の綺羅星”の秘蔵っ子」
モウスの報告を聞いて、ボールズがニヤリと笑う。
「秘蔵っ子?」
当のアシュレイは首を傾げた。自分のことをそう呼んでいることは理解できるが、その理由がわからない。
その様子を見たボールズは、悪戯が成功した子供のように声を上げて笑う。
「実はな。お前のことはレグルスから聞いてたんだよ」
レグルス。失踪した“地底の綺羅星”のリーダーだ。合同探索を持ちかけたとき、チームの事情は説明していたが、それ以前に交流があったことは聞いていなかった。
「レグルスさんのこと、知ってるんですか?」
「まぁなぁ。これでも、ヤツとは同期なんだ」
レグルスは二十代後半といった見た目。実際には三十を過ぎていたが、それでも老け顔のボールズとは年が離れて見えた。だが、年の離れた同期などサザングルナではありふれている。単純に、この街に連れてこられた時期の話でしかないのだ。
「優秀な見習いが入ったって、ヤツにしてはずいぶんと興奮していたなぁ。単なる身内贔屓じゃなかったってわけだ」
「そうだったんですね」
懐かしそうに笑う様子に、アシュレイは少し胸が痛くなる。過去の出来事を懐かしむことは決しておかしいことではない。だが、亡くなった人物との思い出を語るように見えて悲しくなったのだ。
レグルスを含めた“地底の綺羅星”の面々が消えて半年近く。それだけ消息を絶ったのならば、生存は絶望的だ。人々が、彼らを死んだと認識するのは仕方がない。
アシュレイは彼らの生存を信じている。それでも、この認識の差が彼の心をチクチクと傷つけるのだ。
とはいえ、いつまでも悲しい顔をしてもいられない。気持ちを切り替えたアシュレイは気になっていたことを尋ねた。
「もしかして、それで僕の提案を受けてくれたんですか?」
アシュレイは登録したばかりの新米ディガー。実力も定かでない……というよりも、素人と変わらないような新人との合同探索など突っぱねるのが普通だ。
だというのに、ボールズはアシュレイの打診を即座に了承した。素行の悪いチームならば、適当に使い潰そうという思惑で組むこともありえる。だが、“無敵モグラ団”は噂とは違う真っ当なチームだ。だからこそ、合同探索を引き受けてくれた理由が気になっていた。
「ん? まあ、そういう面もあるな。タイミングが良かったって理由が一番だが」
部分的には認めつつも、あくまで年少班の戦力補強が狙いだったと強調した。だが、その視線は不自然に逸らされている。どうやら、あまり嘘は得意ではないらしい。ちらりとモウスを見ると、こちらは苦笑いを浮かべていた。彼から見ても、バレバレな嘘のようだ。
つまり、アシュレイの打診を受け入れたのは知人のチームの見習いを支えるため。強面に反して、情に厚い性格らしい。それがどうして素行が悪いなどと噂されるのか。アシュレイはそれが不思議だった。
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