9. 犬耳少女

 ボールズとの面談が終わったあと、“無敵モグラ団”の拠点をあとにした。ラッドたちは不在だったので話はできずじまいだが、別に問題はないだろう。これから一ヶ月は合同で探索することになるのだ。明日になればまた会える。


 アシュレイはゆっくりと歩きながら、服の下から小さな石のペンダントを引っ張り出した。簡素な作りのそれは、お世辞にも装飾として優れているとは言いがたい。しかし、ザインゲヘナで生活する上では大切な道具だ。


 ペンダントは淡い光を放っている。それを見てアシュレイは呟いた。


「うーん。もう夕食どきか。どうしようかな」


 ペンダントトップに施されているのは、魔窟で採れる巡光石だ。この石の特徴はゆっくりとした周期で明滅を繰り返すことにある。明滅周期は石の大きさによって変わり、大きいほど周期が長い。この性質を利用して時を計るというのが、この石の主な用途だ。


 最も普及しているのが一日周期に加工された巡光石で、これを特別に時計石と呼ぶこともある。アシュレイの持っているのもこのタイプだ。常に明るさが一定で昼夜の区別がつきにくいザインゲヘナでは、時を知る道具としてこの時計石が重宝されている。


 あくまで目視で明るさを確認するだけ。何か基準があるわけでもないし、光量が数値化されるわけでもないので、正確な時を知ることはできない。それでも、慣れればある程度の時間帯くらいは判断がつく。いつもならば夕食を食べている時間だと知って、アシュレイは少し迷った。


 久しぶりの魔窟探索は楽しくもあったが、疲労もある。今から食事の用意をするというのは少々億劫だ。食事処に立ち寄って夕食をとるというのは、心惹かれる選択肢ではある。


「いや、駄目だ」


 誘惑を断ち切るために、アシュレイはぶんぶんと首を振った。贅沢は敵だ。チームノルマを考えれば、アシュレイに余裕などない。その上、ラッドたちとの打ち上げを金銭面の余裕がないと断った手前、ここで食事処に寄るのは彼らに対する裏切りにも思える。今にもぐぅと鳴りそうなお腹を抱えて、足早に拠点への帰路を急いだ。


「わっ!?」


 狭い路地を小走りで移動していると、角から飛び出してきた何かと衝突した。ぶつかってきた何かはひっくり返り、自分もすてんと尻餅をつく。


「なに……?」


 尻を手で払いながら、立ち上がる。急なことで驚きはしたものの、衝撃は大したことがなかった。衝突してきたものが軽かったせいだろう。


 結局あれは何だったのか。視線を向けると、そこにはアシュレイと同じくらいの小柄な人物が倒れていた。まるで貧民街の住人のように、服装は酷くみすぼらしい。頭からすっぽりとフードを被っていたようだが、ぶつかったときに外れてしまっている。幼い顔立ちと鳶色の髪の毛が覗いていた。年齢はアシュレイと同じくらい、おそらくは女の子だ。


「あの……大丈夫ですか?」


 ぶつかった衝撃で意識がぼんやりとしているのか、その人物の動きは鈍い。心配になって声をかけると、彼女はゆっくりとした動作で視線を上げる。しばらくはそのまま、ピントの合わない瞳でアシュレイを見ていたが、やがて弾かれたように頭に手をやった。そこにあるべきフードがない。それを理解した彼女は今までの緩慢な動きが嘘だったかのように、俊敏な動きでフードを被り直すと――――俯いて動かなくなった。


「ええと……大丈夫ですか?」


 どういう反応をすれば良いのかわからず、アシュレイはさっき口にした言葉を繰り返す。フードの少女はそれには答えず、恐る恐るといった様子で顔を上げた。


 アシュレイは特に気にせず、首を僅かに傾げて微笑むにとどめる。視線に悪意はなく、単純にこちらの反応を見ているだけだとわかったので、過剰な反応はしない。下手に驚かせると、また俯いて縮こまってしまいそうだ。


 またしばらく、無言の時間が過ぎる。もう一度声をかけた方がいいのだろうかとアシュレイが迷いはじめたところで、少女がぺこりと頭を下げた。


「え? あ、大丈夫ってことかな。それは良かった。ええと、立てる?」


 手を差し伸べようと近づいたところで、少女が跳ね起きた。急な動きに面食らっていると、再びぺこぺこと頭を下げたあと、逃げるように走って行く。結局、最後まで言葉を発することすらなかった。


「何だったんだろう。不思議な子だったなぁ……」


 少女が立ち去った方向を眺めながら、アシュレイは呟く。反応や態度も不思議ではあったが、それよりも気になったのは彼女の頭から生えていたもの。気のせいでなければ、彼女の鳶色の髪から犬のような耳が覗いていた。


「作り物……? にしてはリアルだったよね。というか、動いてたし」


 フードを被っていないと気づいたとき、驚きからか、犬耳がピクッと動いていた。まるで本物の耳のように。あの耳が自前なのか、それとも謎の技術で作られた物なのか。いずれにせよ、普通でない。


 珍しいものが見れたなぁと、アシュレイはご機嫌で拠点に戻るのであった。

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