7. 大部屋の魔物
探索を続けること一刻ほど。数度の戦闘を経て、合同探索チームは本日の探索における折り返し地点の近くまでたどり着いた。そこは“緑苔の洞窟”にしては珍しく広めのスペースになっていて、資源の出現率が高い場所だ。その大部屋を調査して、資源を持ち帰るのが今回の目標である。
こうした広間には魔物がたまりやすい。事前にわかっていることなので、少し手前の小部屋で作戦会議となった。
「アシュレイ、索敵はどうだ?」
「数は……ちょっと難しいです。少なくとも十以上。種類も複数ですね。ゴウルと
「そうだな。あとはおそらく洞窟コウモリがいる」
モウスの指摘を受け、もう一度影装を展開して気配を探る。たしかに羽音のようなものが聞こえてくる気がした。とはいえ、指摘を受けて“ある”と認識していなければ聞き逃してしまうような微かな音だ。
「すみません。羽音を聞き逃していました」
「いや、アシュレイの影装は攻撃型だからな。索敵役をやるとしてもサブだろう。それだけできれば十分だ」
「はい」
サブとしては充分という評価にもアシュレイは若干悔しそうに頷く。ともあれ本番はこれから。三種類の魔物はここまでにも相手をしてきたが、こちらの人数よりも大勢を相手にするのは初めてだ。モウスから多勢を相手にする際のアドバイスを聞いて、いよいよ広間の魔物に挑む。
「ゴウルが6、ムカデが6にコウモリが3です!」
「コウモリは予定通り俺がやる。残りを協力して倒せ。格下とはいえ囲まれれば危ないぞ。突出しないようにして、お互いを守れ!」
アシュレイが素早く数を把握して、全体に共有する。その間、チームメンバーは広間入り口を塞ぐように展開。万一負傷者が出た場合、通路に逃がすことになっている。
空を飛ぶコウモリは近接武器では戦いにくい。小型弓を携行するモウスが相手にする手筈だ。即座に1匹を射貫き、残りは2匹。
地上の敵は全部で12。対するアシュレイたちは5人。速やかに倒さなければ、頭数の差で不利になる。
「くそっ、ゴウルがこっちにきた!」
「こっちはムカデが!」
武器や影装によって、魔物との相性の善し悪しがある。今回で言えば、硬い
だが、入り口近くでひとかたまりになっていたゴウルがラッドに殺到したことで計画が狂った。ルドだけでムカデを倒しきるには時間がかかる。
予定はあくまで予定。狙い通りにいかなければ、臨機応変な立ち回りが必要だ。だが、ラッドたちは動揺して、動きが鈍い。本来ならばリーダーが指示を出して立て直すところだが、年少班を鍛える意図があるのか、今回の探索ではモウスが戦闘中に細かい指示を出すことはない。代わりに指示を出す者もいないため、部外者ながらアシュレイが口を出す。
「ラッド、そのままゴウルを引きつけといて!」
「引きつけてなくても、勝手に攻撃してくんだよ! なんだコイツら!」
「ウーノはラッドのフォロー。ルドはそのままムカデを倒して。マルクと僕もムカデを倒そう」
「倒すって、どうやってだよ」
「ひっくり返せば倒せるよ。見てて!」
タイミングよく巨大ムカデが突っ込んでくる。その鼻先に向けてナイフを振り下ろすと、ハサミのような口で掴まれてしまった。
続けて、ムカデが鉤爪のついた前足を振るう。最小限の動きでそれを避けたアシュレイは、右手を捻りながら、ムカデの側面を蹴り上げた。
タイミングは完璧。しっかりとナイフを挟み込んだのが仇となり、ムカデの体はぐるりと半回転した。それでもナイフを離そうとしないので、そちらは手放して予備のナイフに手を伸ばす。じたばたと
「しぶといな!」
虫の生命力は侮れない。硬い甲殻とは違って間違いなくナイフは刺さっているはずだが、一撃で命を奪うには至らない。むしろ、ますます暴れて手がつけられなくなった。鉤爪に引っかかれないように気をつけつつ、さらにナイフを突き立てる。三度目でようやく大人しくなった。
「こんな感じだよ!」
「いや、できるか!」
アシュレイが告げると、すかさずマルクに言い返えされる。
確かに、思ったよりも手間がかかった。今回は邪魔が入らなかったが、処理に時間がかかれば他の敵の横槍を許すことになる。一人でやるのは危険かもしれない。
「じゃあ、僕がひっくり返すから、マルクはトドメを刺して」
「おうよ!」
この連携はうまくいった。ナイフに食いつくムカデをアシュレイがよいせとひっくり返すと、待ち構えたマルクが剣を突き立てる。刃渡りの関係で深くまで食い込み、二突きでムカデを倒せるので効率が良い。
さらに三匹のムカデを倒すと、その間にルドも二匹を倒したらしい。コウモリはすでにモウスによって仕留められている。残るはゴウルのみ。そちらもラッドとウーノの働きで、すでに三体まで数を減らしている。もはや加勢の必要もないが、黙って見守っている理由もない。アシュレイたちも加わり、すぐに敵は全滅した。
「よし、終わりだな。怪我はないか?」
「大きな怪我はないッス」
「俺も」
モウスの確認に全員が頷く。ラッド、ウーノが軽い打撲、ルドが鉤爪に引っかかれて少し血を流した程度。あの数を相手にしたにしては上出来だ。
「そうか。軽い怪我でも、余裕があるなら影装を維持しておけよ」
影装を発現している間は、傷の治りが早くなる。代わりに精神的な消耗も激しくなるので、メリットばかりではないが、傷を負ったまま探索するよりはマシだ。
「よくやった。危なければ手を出そうと思っていたが、必要はなかったな。これならもう少し難しい魔窟に挑んでもいいだろう」
最後にモウスがそう言って締める。教導役から合格点をもらい、年少班の面々には笑顔が浮かんだ。
「マジっすか!」
「今の戦い、うまくやれたもんな!」
ラッドとルドが素直に喜びの声を上げて、ウーノがぼそりと呟く。
「アシュレイが凄かった……」
「いやガチでな。最初の指示出しで迷わず動けたし。まあ、無茶振りもすごかったけど」
マルクはムカデ返しを無茶振りだったと思っているようだが、それでも笑顔でアシュレイの活躍を称えた。思った以上に好意的に迎えられている。それがわかるので、アシュレイの顔も自然と綻んだ。
「いや、やってみれば意外とできるものだって」
「あの数を相手にいきなり試すことじゃないだろ!」
「何事も挑戦……」
「だったら、ウーノがやれよ!」
対等な仲間たちと力を合わせる。そんな経験がなかったアシュレイにとって、今回の探索は新鮮で心が躍るものだった。思惑があって近づいたはずが、気づけばこのチームを気に入りはじめていた。
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