6. 心臓石とウォッチバード

タイトル変更しました。

ご迷惑をおかけします……

―――


「おい。話はあとにしろ。まずは心臓石の確保だ」

「はい!」

「わかりました」


 モウスの指摘で、一斉に動き出す。戦いだけがディガーの仕事ではない。むしろ、これからが本番とも言える。ディガーが魔物を倒すのは安全を確保するためという意味ももちろんあるが、資源を確保することこそが目的だ。でなければ、わざわざ危険な魔窟に潜ったりはしない。


 アシュレイは自分の倒したゴウルを仰向けの状態にひっくり返し、その胸元近くをナイフで突き刺した。生き物を解体する行為に多少の忌避感はあれど、人型だからといって特別に強い拒否感を持ったりはしない。形は人に近かろうが、魔物は魔物である。本能的に人を襲うゴウルと共存することなど不可能だ。アビスで生きる人々はそのことをよく知っている。


 魔物は種類によってその姿形が千差万別。その中でも、ゴウルは魔物でない生物と体の構造が比較的似ているタイプだ。だが、魔物とそれ以外の生き物にはひとつだけ決定的に違いがある。それが心臓石だ。


 心臓石は魔物の心臓に相当するもの。肺の近く、本来ならば心臓が収まっているべき場所に埋まっている。一見すると、ちょっと変わった石にしか見えない。赤黒くて光に翳すと少し透き通って見える。


 アシュレイが捌いたゴウルも、その例に漏れなかった。肺の辺りにサイズは親指の先ほどの心臓石が埋まっている。


 パタパタと微かな羽音をとともに、ウォッチバードがアシュレイの頭に降り立った。不快というわけでもないが、気になって軽く頭を振る。だというのに、ウォッチバードは意地でも離れようとしなかった。へにょりと眉を下げ、アシュレイは思わずぼやく。


「なんで、そこに止まるのさ」

「ぴよ?」


 何か問題でもとでも言いたげな鳴き声が頭の上から振ってくる。まさか返事があるとは思っていなかったアシュレイは驚いた。だが、他のメンバーに反応はない。聞き間違いだったかと疑ったアシュレイは、おずおず尋ねた。


「……ねぇ。今、ウォッチバードが鳴かなかった?」

「鳴いたな。それがどうした?」

「どうしたって……だって、ウォッチバードだよ?」

「だからなんだよ」


 当たり前のように返してくるラッドを探るように見るも、そこに揶揄からかうような表情は見当たらない。本気で言っている気配に、アシュレイはますます混乱した。


 人造生命体であるウォッチバードは基本的に必要最小限の機能しか持たない。ディガーを追跡するために飛ぶ機能はあっても、鳴く機能など持つ必要はないはずなのだが。少なくとも、アシュレイが見習いディガーとして“地底の綺羅星”について魔窟探索をしたときについてきたウォッチバードは全く鳴くことがなかった。


「モウスさん……?」


 ラッドに聞いても埒があかないとみたアシュレイが教導役へと視線を送る。すると、彼は大きくため息をついた。


「お前らな……今は探索中だぞ」

「あっ……」

「すみません……」


 さっき注意されたばかりなのに、喋りすぎてしまった。気がついたラッドとアシュレイが首を竦める。その様子を見たモウスもそれ以上叱りつけることはなかった。


「まぁ、ウォッチバードも魔窟に関わることだから教えておくか。ラッドは誤解しているようだが、ウォッチバードは基本的に鳴かない。コイツらは鳥じゃなくて、それっぽい人形みたいなものだからな。ただ、作り手によっては妙にこだわるヤツもいてな。うちを担当してるヤツはそういうタイプらしい」


 初めて知る“一般的なウォッチバード”の情報に、無敵モグラ団の面々が目を丸くしている。


 そう言われればとアシュレイも内心で頷く。以前見たウォッチバードはもっと雑な作りだった気がする。粘土をこねくり回して形を整えただけのような簡素な人形という印象があった。だが、今回ついてきたウォッチバードはかなり鳥っぽい。これもまた、作り手のこだわりというやつなのだろうか。


「ぴ、ぴ!」

「え、何?」

「ぴぴ、ぴぴ!」


 まだまだ知らないことがあるものだと考えていたところ、ウォッチバードがアシュレイの頭を突っついた。戸惑っていると、ウォッチバードが飛び立ち、ゴウルの亡骸に止まる。さらには、くちばしで心臓石を指し示すような仕草を見せた。どうやら、さっさと心臓石を取り出せとせっついているようだ。


「ああ、うん。わかったよ」

「ぴ!」


 満足そうな人造鳥に思わず笑いが漏れる。


「本当に生きてるみたい。ここまで小鳥っぽいとちょっと憎めないかも。もしかして、それが狙いなのかな……」

「かもなぁ」


 誰とはなしに呟いた言葉だったが、モウスから同意があった。彼から見ても、この人造鳥は憎めない存在らしい。


 本来、ウォッチバードはディガーからは疎まれる存在だ。建前上はディガーを見守るためとなっているが、実際には監視役である。


 ディガーにはノルマがあり、一定量を越えるまでの成果物は納めなければならない。さらには、ノルマ達成後も成果物の六割を納める必要がある。申告しなければバレないと考えるのは甘い。僅かな誤魔化しすら徴税官は見逃さないのだ。申告漏れがあればペナルティで誤魔化した以上に持って行かれ、度が過ぎると懲罰チームに入れられてしまう。徴税官が申告漏れを探す手がかりとしているのが、ウォッチバードの視覚情報だというのは公然の秘密だ。


 だが、ここまで小鳥に似せられると、あまり憎めない。それが狙いなのだとしたら、まんまとはまっているなとアシュレイは苦笑いを浮かべた。

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