5. エンカウント:ゴウル3体

 微かな物音をアシュレイの耳が捉えた。隣を歩くラッドを無言のまま手で制す。


 前列が止まったことで、後列も足を止めた。ラッドたちもモウスの一喝のあとは大人しい。進行を止められても不平を漏らすことはなかった。表情は険しいが、それは敵を警戒してのことだ。


 ちらりとモウスに視線をやると、無表情で沈黙を保っている。そのまま続けろということだと受け取ったアシュレイは“羽根帽子よ、発現せよ”と念じた。思念に同期して、黒い影がアシュレイの体の内から湧き出す。影はアシュレイの頭を覆うように広がり、羽根帽子へと姿を変えた。


 これこそが影装の真の姿。影装を宿した者はそれだけで能力向上の恩恵を得るが、具現化することでより力を発揮する。一方で、具現化している間は精神力を消耗するので、常時展開しておくのは難しい。そのため、戦闘中や索敵の際に限って具現化するのが普通だ。アシュレイもその定石に従って、影装を運用している。


 影装を具現化したことで、アシュレイの能力はさらに高まった。その力を以て、周囲の敵対生命体を探る。


 微かな足音、息づかい。それらを感じ取ったアシュレイは、チームに向けてハンドサインを送った。伝えられる情報量は多くないが、事前に取り決めておけば、敵編成くらいは共有できる。


“この先に小部屋、ゴウルが三体”


 アシュレイの報告にメンバーが頷く。しばらく間を置いて、モウスが頷いた。彼自身の索敵結果と一致しているということだろう。引き継ぐように、無言のままサインで指示が出される。


“このまま全員で突入、殲滅せよ”


 指示が行き届いたのを確認して、モウスが指を立てる。五、四、三と減っていく間に、アシュレイ以外のメンバーにも黒い影が纏わりついた。影装の準備が整い、全ての指が倒れると同時に全員が走り出す。装備がガシャガシャと鳴るが仕方がない。アシュレイはともかく、防御型の影装はそれなりの重装備をしてこそ真価を発揮する。全員で突入する時点で、隠密行動は望めない。それよりも、足並みを揃えて一気に殲滅することを選んだ形だ。


 通路を抜け、小部屋に入る。小部屋といっても、人工的に作られたようなものではなく、部分的に道幅が広くなっただけの場所だ。


 中にいたのは、緑の肌の人型の生命体――ゴウル。頭部に瘤のような小さな角があり、背丈は小柄なアシュレイよりもさらに低い。数は、アシュレイの報告に違わず三体。突然の襲撃に慌てて振り向いたところだ。


「ラッド、ウーノ、アシュレイで受け持て、残りは後方を警戒!」


 モウスの指示を受け、名前を呼ばれた三人がそのまま突っ込む。アシュレイは自分に近い左の一体を相手取る。ラッドは右側のゴウルへと向かった。必然的にウーノは残る中央の一体だ。


 アシュレイの接近に気がついたゴウルが、右手を振り上げる。その手には粗末な棍棒。ゴウルの膂力では直撃したところで軽い打撲程度にとどまるであろうが、だからといって当たってやる義理はない。曲芸師の影装は敏捷性に長けており、攻撃を避けるのはお手のもの。無駄な大振りをするりと躱してそのまま背後に回る。


 一瞬にして標的を見失ったゴウルは隙だらけだ。右手に握った大型ナイフで首筋を斬りつけると、ゴウルはギヒィと奇妙な悲鳴を上げて前のめりに倒れた。その背中を踏みつけたアシュレイは、さらに首をひと突き。確実にトドメを刺した。


「排除完了」

「なにぃ、負けるか!」


 淡々と告げるアシュレイ。対抗心を燃やしたラッドがいきり立ち、ウーノの意識もそちらに引っ張られた。そこにすかさず、モウスからの叱責が飛ぶ。


「ラッド、ウーノ、集中しろ! アシュレイはそのまま待機だ」

「は、はい!」


 年少組とはいえ、ラッドとウーノもそれなりに経験を積んでいる。落ち着いて対処すればゴウルは強敵ではない。


 ラッドは盾で敵の攻撃を受け止めた後に鎚の一撃でゴウルを沈めた。ウーノはまず腕を切りつけ、痛みにのたうつゴウルの首を飛ばす。多少のもたつきはあったものの、二人とも単独でゴウルを倒しきった。


 三体のゴウルは倒れ伏し、しばらく待っても増援の気配はない。戦闘終了と判断したモウスが声をかける。


「よし、アシュレイは鮮やかだったな。自ら売り込んできただけはある」

「ありがとうございます」

「ラッドとウーノも戦い自体は悪くない。だが、変な対抗心は捨てろ。どういう経緯だろうが、今はチームだ。協力できないようなら死ぬぞ」

「はい……」


 叱られたラッドとウーノがしゅんと肩を落としている。特に反発することもなく、素直にモウスの言葉を受け入れているようだ。上下関係はしっかりしているらしい。


 お説教が終わって、ラッドがアシュレイを見た。睨み付けるような鋭い視線――のあとに、ふぅと大きく息を吐いた。直後にガバッと頭を下げる。


「すまん。お前のことを侮ってた」

「う、うん。気にしないで」


 続いてウーノにも謝られる。それほど気にしていなかったアシュレイは軽い調子でそれを受け入れた。


 ただ内心で少しだけ困惑している。素行が悪いって話はどこにいったの、と。

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