4. 無敵モグラ団 年少班

 数日後、アシュレイは薄暗い洞窟の中にいた。


 アビスには無数の横穴があって、それらは魔窟と呼ばれている。アシュレイがいるのもそのひとつ、“緑苔の洞窟”だ。苔むした魔窟は別に珍しいものでもないが、それでもこの名で呼ばれているのは特に深い理由があってのことではない。


 ザインゲヘナのアビスだけでも数え切れないほどの魔窟が存在するのだ。その一つ一つにまともに名前をつけてなどいられない。誰かが適当につけた名前が定着してそう呼ばれることがほとんどだ。おそらく名前が被っている魔窟もあるだろうが、誰もあまり気にしない。


「団長はなんでよそのド新人なんていれるんだよ。こんなヤツ足手まといに決まってるのに」


 隣を歩きながら、ぐちぐちと言っているのはラッド。アシュレイよりは幾分か年上で、大人顔負けの体格をしているが、よく見ればまだ少年の面影が残っている。


 彼は、アシュレイが合同探索チームとして選んだ“無敵モグラ団インビンシブルモウル”のメンバーだ。他にも四人が隊列を組んで歩いている。二人ずつ三列に並んで、アシュレイとラッドが先頭だ。


 一人を除けば、皆、ディガーとしては若い。それもそのはずで、アシュレイが組み込まれたのは無敵モグラ団の年少班だった。唯一の例外がモウスという名の中年の男性。彼はリーダー兼教導役を似合うベテランディガーだ。


 合同探索は今日が初日。現状では、アシュレイが班に馴染めているとは言いがたい。表だって愚痴を垂れ流しているのはラッドだけだが、モウス以外のメンバーの態度は似たり寄ったりだ。お世辞にも好意的とは言えない視線を向けてくる。


 敵愾心を隠しもしないメンバーに囲まれて、アシュレイが居心地の悪い思いをしているかといえば、そんなことはない。合同探索のディガーチームを選んだ基準は“ほどほどに素行が悪い”こと。突然組むことになった余所者に対して、高圧的な態度を取ることは充分に想定できた。むしろ、文句を垂れたり睨んだりするだけに留まっているなら可愛いものだ。


「な、なに笑ってんだよ。気持ちわりぃな!」


 ニコニコ笑って聞いていると、何故かラッドに気味悪がられた。これは想定外。アシュレイも少しへこむ。


「ラッド。不満があるなら出発する前に言え。魔窟では無闇に騒ぐな」

「す、すみません」


 ここでようやく、モウスがラッドを窘めた。静かだが有無を言わさぬ迫力に、ラッドだけではなく他のメンバーも背筋も伸びる。


 とはいえ、アシュレイには関係ない。彼らとは別のチームであり、叱責を受けるようなこともしていないのだから。


 お説教でも始まるのかなとアシュレイが緊張感のない笑顔でその様子を見ていると、彼の頭に音もなく小鳥が降り立つ。正確に言えば、それは小鳥ではなくウォッチバード。ディガーが魔窟に潜る際、帯同を義務づけられている人造生命体だ。


 微笑む少年と、小鳥もどき。なんとも言えない和やかな雰囲気に、モウスは少々やりずらそうにして、誤魔化すように咳払いをした。


「言うまでもないが、魔窟は危険な場所だ。騒げば魔物にこちらの居所を知らせることになる。神経質になりすぎるのもよくないが、かといって意味もなく騒ぐのは感心できない。気をつけるようにな」


 モウスが告げたのは、お説教ではなく探索の心得だった。ラッドたちが“はい!”と声を揃えて答えたので、アシュレイも少し遅れて同じように返事をする。自分にも関係のない話ではない。


 すると、小さく息を吐く音。発生源のモウスの眉間には皺が寄っている。どうやらお疲れのようだ


「ご苦労様です」


 ねぎらうと、モウスの眉間の皺がさらに増えた。


「あのな……いや、お前が悪いんじゃないんだが、どうにもペースが乱れる」

「あはは、モウスさんでも合同探索はやりづらいんですね」

「普段はそうでもないんだが、今回は少しな」


 含みのある言葉だが、具体的に何かを言われたわけでもないのでアシュレイは気にしない。何か言いたげな顔をしていたモウスも結局言葉を呑み込んだようだ。気を取り直したのか、顔を引き締めて告げる。


「じきに魔物が現れるエリアだ。入る前にも言ったが、索敵はアシュレイに任せる。これはお前の実力を見るためでもあるからな。しっかりやれよ」

「わかりました」


 要は試験のようなものである。アシュレイは新人であり、その実力は未知数。本当に合同探索をするに値する実力を持っているのか。しっかり働いて示せ、とモウスは言っているのだ。もちろん、アシュレイもそのつもりだ。


 無敵モグラ団の合同探索にあたって、アシュレイの影装は【曲芸師の羽根帽子】と申告してある。〈曲芸師〉は攻撃型影装に分類されるが、性能はかなり斥候よりだ。本職並みとはいかないが、敵の気配を察知する能力は高い。先頭を歩いているのも、前方からの敵の接近にいち早く気づくためだ。


 同じく先頭のラッドの影装は【騎士の重鎧】。特に珍しくもないが壁役としては有能な防御型影装だ。前列でチームの盾となる。モウスの影装が斥候型で、普段は彼が索敵をしているらしい。他のメンバーはルドが【重戦士の手甲】、ウーノが【武芸家の装束】、マルクが【剣士の軽装】で、いずれも攻撃型影装である。


 攻撃型4に斥候型1、防御型1という内訳。かなり攻撃型に偏っているが、編成としては悪くない。というのも“緑苔の洞窟”は横穴が続く魔窟で、戦いになっても広いスペースを確保するのは難しいからだ。動きで翻弄するタイプの斥候型は本領を発揮できない。また、魔戦型も不向きと言える。下手に魔法を放てば味方も巻き込み兼ねないからだ。治癒型はいるにこしたことはないが、珍しい影装型なので該当者がいないのは仕方がない。


 というわけで、“緑苔の洞窟”を探索するにはそれなりに適した編成になっている。もちろん偶然ではない。だが、魔窟に合わせてメンバーを揃えたわけでもない。むしろ逆で、編成にあった魔窟を選んだ結果だった。アビスには幾つもの魔窟があるので、チームの影装編成に合わせた場所を選んで探索することができるのだ。


「では改めて進むぞ。もう無駄口は叩くなよ」


 モウスの言葉に無言で頷き、アシュレイたちは魔窟を慎重な足取りで進んでいく。

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